『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1956年12月号No.006

「燕京畸譚」ヘレン・マクロイ/田中西二郎訳(Chinoiserie,Helen McCloy,1946)★★★☆☆
 ――オルガ・キリーロヴナは、三倍も年齢の離れたロシア公使ヴォルゴルーギイ公爵の妻でした。オルガに夢中になつた男は一人や二人ではなかつた。わしがロシア公使館の晩餐に着くと、ヴォルゴルーギイ公爵が王維の真蹟を手に入れたと言つて見せてくれました。将校のアレクセイはダッタン民族の血を引いていましたから、シナ文が読めました。絵の余白に書いてある銘を読んだ途端、アレクセイの顔色が変わつたのです。晩餐後は、日本公使館の舞踏会へ出かけに、男たちは歩き、オルガは馬車に乗つてゆく手はずでした。ところが、それきりオルガは消えてしまつたのです……。

 何の変哲もない中国奇譚に見せかけて、恐ろしいほど複雑に糸筋の張りめぐらされた一服の絵。探偵役の中国系ロシア人には絵を見た瞬間にわかった真相も、アメリカ人を語り手にしているために読者には見えない、という隠し方に、作品世界が反映されています。目の見えない癩病患者の乞食が殺された理由が、アクセントに効いています。「オルガ、お前、まだシェリイを飲まないね」なんて台詞は実はものすごく不自然なのですが、こういう不自然な台詞も却って訳が古いから不自然なのだろうとやり過ごしてしまうように、怪我の功名でプラスに働いていました。
 

「サンタクロースの受持区域」レックス・スタウト/森郁夫訳(Santa Claus Beat,Rex Stout,1953)★★★☆☆
 ――クリスマス・イーヴは、殺人にはお誂え向きの時節というものだ。とアート・ヒップルは考える。だが起こつたのは盗難事件だつた。装身具通販業者のデュロスが、妻に贈る指環を抽斗にしまつておいたところ、いつの間にかなくなつていたそうだ。デュロスは従業員のミス・ローロが盗つたと主張している。保険会社のケーニグが、店の商品でなければ保険は下りないと口をはさんだ。

 いみじくもケーニグが言う通り、「うつてつけですな。昔ながらのクリスマス気質《かたぎ》というとこです」という、すべてが丸く収まるクリスマス・ストーリーです。小品ながら、ちょっとトリッキーな作品でした。
 

「影の影」マイケル・イネス/深井淳訳(The Ghost of A Ghost,Michael Inees,1955)★★★★☆
 ――晩餐の席上、主教が長年の謎を話してきかせた。「今はもう亡くなつた弁護士が昔、クラブで客に『グレイの幽霊は黒だった』とこう云つたんです」「灰色の幽霊が黒ですって?」さまざまな説が出されたが、ロンドン警視庁の一員、ジョン・アプルビーが話に加わつた。「わたしは故人とは友人で、たまたま本人から話をきいています。グレイとはあの田園小説家の故ヒューゴー・グレイなのです。ゴーストというのは……」

 これは謎の出し方が上手いですよね。普通に書けば、知名度のある平凡な作家と才能ある無名のゴースト・ライターのあいだに起こった、よくある確執がきっかけの心霊狂言でしかないのですが、「影の影《ゴーストのゴースト》」というタイトルといい、「灰色の幽霊《ゴースト》は黒だった」という謎かけといい、神秘的・怪奇小説的な雰囲気が最後の最後まで覆っています。
 

「穴のあいた記憶」バリイ・ペロウン/稲井嘉正訳(The Blind Spot,Barry Perowne,1945)★★★★☆
 ――アニクスターはその小男に親愛の情をいだき、飲みつづけていた。「すごい芝居ができたんだ!」彼はボンヤリと歩道を離れた。そこへ一台のタクシーがふつとんできて、アニクスターの眼前に光が飛びちつた。事故で失つた記憶の穴を埋めるには、あの小男が必要だつた。酒を飲みながら芝居の核心をすべて話したのだから。

 クイーンの解説ではリドル・ストーリーと書かれています。謎解きを中心に考えれば、確かに最後まで謎は解かれないのでリドル・ストーリーとも言えますが、普通ならブラック・ユーモアとか皮肉とか感じるような話です。だけどクイーンのような謎解き中心の見方をしてみると、ネタバレになるので伏字にしますが、通常の順序であれば、密室殺人が起こって捜査や推理があって謎が解かれるのですが、本篇の場合は初めから謎があって最後に密室殺人が起こるという、面白い構成の作品になっていることに気づきます。まあこれは謎解きミステリに純化しすぎたクイーン流の見方であって、著者にそこまでの意図があったのかどうか。
 

「波止場の殺人」バッド・シュールバーグ/清水俊二(Murder on the Waterfront,Budd Schulberg,1954)★★★★☆
 ――フランは夫のマットをよく知つていた。波止場一帯を縄ばりにして荷揚げ人足の仕事を牛耳つているリビー・キーガン配下のやくざに平気でものを云う肝のすわつた――あるいは向う見ずな連中の一人だつた。

 聞き慣れない名前だと思ったら、映画『波止場』の脚本家でした。これも波止場のギャングに立ち向かう荷揚げ人足の矜恃と友情の物語です。昔と違って太っちゃったけど相変わらず愛されてて夫を気遣う奥さんのフランや、襲われても襲われても恢復する「命を借りて生きてる」仕事仲間のラント・ノーラン、それにお馴染みといってもいい「魚の眼《フィッシュ・アイ》」「かかと」「めがね」といったあだなを持つギャングたちなど、一読忘れられない登場人物ばかりです。
 

「黒い台帳」エラリイ・クイーン/青田勝訳(The Black Ledger,Ellery Queen,1952)★★☆☆☆
 ――その黒い台帳には、麻薬売りさばき人の住所氏名が全部書きこんであつた。エラリイがその台帳を運ぶ使命を引き受けた。麻薬王が待ちぶせしていた。エラリイの書類鞄の中身をぶちまけ、エラリイを裸にしたが、台帳は見つからなかった。

 盲点をつく隠し場所を探せ!という趣向は面白いのですが、せっかくの真相がただ単に「盲点でした」だけで終わってしまうのでは、手品のタネを明かされているだけでミステリとして楽しめません。
 

「六つの陶器人形」アガサ・クリスティー/村上啓夫訳(The Six China Figures,Agatha Christie,1923)★★★☆☆
 ――戦勝舞踏会でイタリア喜劇の道化役者に扮したクロンショウ卿が刺殺された。カーティネー嬢が同じ晩に死んだのは、単なる偶然の一致だろうか?

 ポワロもの短篇第一作。「戦勝舞踏会事件(The Affair at the Victory Ball)」で知られる作品。タイトルがアメリカ版なだけであって中身は一緒だと思います(確認してないけど)。以下すべてポワロもの。
 

「消えた設計図」アガサ・クリスティー/妹尾韶夫訳(Shadow in the Night,Agatha Christie,1925)
 

プリマス急行」アガサ・クリスティー中田耕治(The Girl in Electric Blue,Agatha Christie,1925)
 

「クラブのキングに気をつけろ」アガサ・クリスティー福島正実(Beware the King of Clubs,Agatha Christie,1925)

 ミステリマガジン 006
 『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1956年12月号No.006


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