『妻という名の魔女たち』フリッツ・ライバー/大瀧啓裕訳(創元推理文庫)★★★★★

 『Conjure Wife』Fritz Leiber,1969年。

 メタ・ホラーとでもいうのでしょうか、ちょっとひねった魔女小説。

 大学教授のノーマンはふとしたきっかけから、妻のタンジイが魔術に凝っているというショッキングな事実を知ってしまいます。仕事も生活もうまくいっていたのもすべて魔術のおかげだと言い張るタンジイを説得して、どうにか魔術道具を処分させたのですが……ノーマンはそれからすぐに立て続けにトラブルに見舞われ、偶然とは思いながらも魔術のことが頭から離れずストレスが溜まり始め――やがて同僚の妻たちが自分に対し魔術をおこなっているようにも思い始めます……。

 前半では疑心暗鬼から来る重圧で精神的に追いつめられたノーマンが、徐々に魔女の存在を信じかけてゆきます。後半になって実際に「魔女」たちとの戦いが始まったときに、この前半が活きてきました。理性を信じたい気持と魔術としか思えない出来事を目の当たりにした葛藤が丁寧に描かれているので、サスペンスからホラーに転調する展開もなめらかで、一見ばかばかしい魔女バトルにも引き込まれてしまいます。こういう気配りと手続きも、本来なら当たり前のことなんですけど。

 ノーマンが文化人類学者で世界の呪術に詳しいこともあってやたらと理論武装してあるところや、大学のドラゴン像が移動したり、ノーマン夫妻が飼っている猫の運命、電話を通した呪い返しなど、オカルト・ホラーっぽいツボもきっちり押さえられていました。

 そうは言っても全体的にはホラーというより、妻をめぐるサスペンスといった趣の方が強いでしょうか。「女は魔性」を文字通り作品化してしまったような。怖い話でも禍々しい話でもありません。むしろ後半は敵対する魔女たちからいかにして妻を守るか、というヒロイックな話ですらありました。そういう意味では宇野亜喜良のカバー絵がまたしっくりきています。謎めいてるというよりは、愛している奥さんの絵。

 本当に魔術が存在したのか、すべては妻たちの妄想だったのか――。

  


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