M・R・ジェイムズに影響を受けた、雰囲気で盛り上げるタイプ、だと書かれていたので身構えてしまいましたが、オーソドックスな怪談ふうのけっこう読みやすい作品もありました。そうはいってもやはりちょっと苦手でした。
『Not Exactly Ghosts』1947年。
「A Room In A Rectory」(牧師館の部屋)★★★☆☆――Tilchington牧師館の窓に施された聖ミカエルの宗教画。Nigel Tylethorpe師は、その下に「Nicolas Phayne」の文字を発見した。この絵がNicolasのものだという言い伝えは本当だったのだ。Tylethorpe師は長いあいだ閉め切られていた部屋を開けることにした。家政婦のMiss Pristinは、前任者の牧師から「この部屋は放っておきなさい」と言われていたので気が進まなかった。やがて改装も終わり、Tylethorpe師はその「説教室」で説教の文章を考え始めた。詩集でいい文章を見つけたので三度繰り返して暗記したが、途端に本を滑り落としてしまった。その後何度探しても、たった今見つけた詩は見つからない。わたしは眠っていたのか? やがて説教の場で不吉な引用をするTylethorpe師。夢に見る黒服のPhayne氏。司祭の奇妙な振るまいを聞いて、教会は対策を取る。
「Branch Line to Benceston」(Benceston行き分岐線)★★★★☆
――Frentが通勤列車で怒っていた。クラシック好きのFrentには、共同経営者のSaxonがジャズを口ずさむのが我慢ならないのだという。「気分転換に旅行でもどうだい?」とぼくが言うと、Frentはしばらくぼうっとしてから、「誰ですか?」とたずねた。翌日の新聞で、Saxonが肺炎で死んだことを知った。後日Frentから聞いた話だ――昔から優秀なSaxonと比較され、FrentはいつしかSaxonを憎むようになっていた。あの日、Frentは気づくとBenceston(という地名は地図にはなかった)にいて、Saxonと二人で崖の上にいた。FrentはSaxonを突き落としたが、すぐに誰かに腕をつかまれた。「警察署に来てもらおう」――そこで意識がなくなり、気づくとベッドで医者やぼくらに囲まれていたということだ。×××それからもときどきBencestonに意識が飛び、明日の朝八時に処刑される。だから守ってほしい――。だが八時の鐘が鳴ると、どうしたわけかFrentは非常口から転がり落ちていた。
鉄道に乗って存在しない場所を訪れる鉄道怪談。これは比較的オーソドックスな怪談でした。存在しない場所行きの支線という都市伝説風の怪異によって、この世で手を汚さずに憎むべき相手を屠りながら、別世界でもこの世の因果からは逃れられませんでした。
「Sonata in D Minor」(ソナタ、ニ短調)★★★★☆
――Tullivant夫人はB・H・M・Sで始まるものを毛嫌いしていた。夫のTullivantはもう慣れっこで、客のMorcambe氏とレコードを鑑賞することにした。「ところで」とTullivant氏は言った。「一つ実験をしてみたいんだが、協力してくれないか」。Morcambe氏は言われた通りに鍵の掛けられた部屋のなかで一人で「Siedel's Sonata in D Minor」のレコードを聴き始めた。呻きのようなヴァイオリン。優しいピアノ。吠えるようなヴァイオリン。これは奏鳴曲ではない。まるでヴァイオリンとピアノの殺し合いだった。Tullivantを捕まえたら、ただではおくものか! Morcambe氏の心にいつしかそんな思いが湧いていた。レコードが止まり、扉が開いて、Tullivantが現れた。「実験」の意味がわかった。Tullivantが同じ部屋にいたらどうなっていたかと思うとぞっとした。Tullivantの語るところによると、これはこれまでに二度も人を殺してきたいわくつきのレコードなのだという。×××一月後、Morcambe氏の目に新聞の見出しが飛び込んできた。「Tullivant夫人、殺人未遂」。夫人は夫から殺人レコードを聴くよう仕向けられたのだと申し立てたが、誰もが夫人の変人ぶりを証言した。昔からBやHで始まる言葉を嫌ったりするおかしな人でした……。真相を知っているのは自分だけだ。Morcambeはいったんは申し出ようと考えたが、自分が戦争後遺症の治療を受けていたことを思い出した。本当のことを言っても、自分も気違い扱いされるだけだ。だから、自分はあのとき選ばれたのだ。夫人が殺そうとした女中は耳が聞こえなかった。女中を助けに行く途中で足を滑らせレコードを割ってしまった。どれもTullivantの計画だったのだ。何という腹黒い男だろう! その数日後、Tullivantが車に轢かれたというニュースが載った。隣家の窓から「Sonata in D Minor」が聴こえていたという。
聴いた者は人を殺してしまうという、呪われたレコードにまつわる怪談です。特定のイニシャルを嫌がる変な奥さんが出てきて、面白そうだと興味をひかれたところですぐに話題が変わってしまいます。ところが次の話題もまた面白くて、奥さんのことは忘れてしまうくらいなんですよね。殺人レコード。呪われているのをわかっていながら、お約束通り何のかのと理由をつけて処分しない所有者。当然ながら悲劇を予想しましたが、起こった悲劇はお約束とはちょっと違って。なるほど奥さんのは伏線だったのか。
「Autoepitaphy」(自動墓碑銘記)★★★☆☆
――「この電報を墓碑局に持って行っておくれ」「墓碑局?」「いやだね、電報局だったよ。この書物机でものを書くと、いつだっておかしなことばかり書いてしまう」。亡くなった伯母がそう言っていたのを、すっかり忘れていた。「Autoepitaphy」、そのノートにものを書くと、そこには辞世の句ができあがっていた。泊まっていった友人たちが書き残した辞世の句を読むのが楽しみになっていた。だがそれもDが辞世の句を書き残すまでだった。心臓を患っていたDは、帰宅後に死んだ。ノートには心臓疾患の苦しみが綴られていた。わたしは記録を調べた。かつて主席司祭に反旗を翻したオルガン弾きが、呪詛を残していたのだった……。
自動墓碑銘ノートというアイデアが面白い一篇です。アイデアはまがまがしいわりに、それほど奇怪なところはなく、どうやって怪談に着地するのか気になりながら読んでいました。物語は額縁になっていて、ノートについてはあくまで語り手の歴史家が言い張っていること、という体裁が取られています。
「The Pump in Thorp's Spinney」(Thorp's Spnneyのポンプ)★★★☆☆
――誕生日に伯母からおもちゃのポンプをもらったPhilip。いとこにそそのかされて風力ポンプを見に行ったところ、大きな音がポンプの蛇口から足許に近づいてきて、怖くなって逃げ出した……。
あまり肌に合わないので、ここらへんで読むのをやめることにする。ほかに短篇集から七篇、集外から十三篇収録。
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