『文豪怪談傑作選 幸田露伴集 怪談』幸田露伴/東雅夫編(ちくま文庫)★★★★☆

「幻談」★★★★☆
 ――二日ともちっとも釣れないというのは、客はそれほどに思わないにしたところで、船頭に取っては面白くない。船頭は意地から、舟を別の場所へやりました。「どうも釣竿が海の中から出たように思うが、何だろう」

 余裕というか何というか、釣りや釣り竿や怪談についての懇切丁寧な蘊蓄が大半を占めながら、退屈させないどころか引き込まれてしまいます。無論、蘊蓄があるからこそ、釣りに無知な人間でも、結末に共感できるのですが。
 

「観画談」★★★★☆
 ――晩学で大学に漕ぎ着け、同窓生から大器晩成先生という渾名を甘受している男があった。気の毒にも不明の病気に襲われ、心身の保養に力めるがよいとの勧告に従って、東京の塵埃を背後にした。寺の門を入って、頼む、と呼んだ。和尚は事情を聞くと、アア、ようござる。いつまででもおいでなさい。

 暗闇の大雨のなか庵まで移動する場面が怪談としての読みどころ。禅問答のような書や絵のなかに理想の生き方を見るのでした。
 

「対髑髏」★★★★☆
 ――雪は無けれど足痛む折ふし、プツリと紐さえ断れぬ。有り難や燈の光り洩るる戸の際に立ち、道に迷いしに、草鞋一足御譲り下さるまいか、と云えば、それはお気の毒な事、生憎草鞋一足もない事恥ずかし、と云は不思議、なまめかしき女の声。

 王朝物語風の姫君零落譚を江戸怪談風の枠で挟み、そこにさらに、旅先や出先でこんなことがありました……といういかにも明治文学らしい前置きを置いた、不思議な魅力を備えた作品。解説には謡曲(能)からの影響とある。なるほど。怪かと思えば艶、艶かと思えば哀……と、次々に変幻するのが気持ちいい。
 

夢日記★★★☆☆
 ――二十九日。十七ばかりの男、李の樹の高きの上りて李を取り食らう時、垣の彼方に十二ばかりの美しき女と侍婢らしき頬赤きとが遊びいるを見、李賜えかしと云えるに青くして硬きを擲げつけ……。

 露伴版「夢十夜」。拾った手帳を拾い読みした抜粋、という構成は面白いものの、夢の内容自体にはさほど幻想味はありません。
 

土偶木偶」★★★★☆
 ――細々と書きたる文殻を取って見れば、二世もと云い交わしたる男のあるを、他に金ある男の執念くその女に付き纏わり、女は思い詰めて死なんとした文なり。その時、火事だ火事だとの叫びに、その一軸を手にしたるまま窓より屋根へ。ハッと心付けば手荷物を置き遺れたり。とにもかくにも明方には京に入るべし、とて夜道を歩けば、女の如き跫音の、我が方へ近づき来る。

 旅先で偶然立ち寄った本屋で見つけた反故紙。それが二世、三世にわたる相手に再会するきっかけだった――。露伴の描く美人は色っぽいです。月並みな形容すら輝いてしまう語りが、やがて「幻談」に結実するのでしょう。
 

「新浦島」★★★☆☆
 ――浦島が子の事は、誰も知るところなれど、その後のことは世に伝わらず。その家の始祖と仰ぐ人より数うれば今の主人は九十九代に当り、子は総領なれど先祖代々次郎と呼び来し例に任かせて次郎と名づける。

 思えばオリジナルの浦島も、異世界が出てくるとんでもない話でした。
 

「魔法修行者」「怪談」「支那に於ける霊的現象」「神仙道の一先人」「聊斎志異とシカゴエキザミナーと魔法」「東方朔とマンモッス」「今昔物語と剣南詩藁」「蛇と女」「金鵲鏡」「ふしぎ」「伝説の実相」「それ鷹」「扶鸞之術」

 怪奇幻想に関するエッセイ。定説の紹介とも露伴の思いつきともつかないような奇談珍論が、次から次へと150ページ。わたしは中国や日本の古典に関する基本教養が浅いので、このエッセイ自体が「はじめて聞く面白話」みたいで新鮮でした。
 ------------------

  『文豪怪談傑作選 幸田露伴集 怪談』
  オンライン書店bk1で詳細を見る。
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ