『慈しみの女神たち(上)』ジョナサン・リテル/菅野昭正他訳(集英社)

 『Les bienveillantes』Jonathan Littell,2006年。
ちまちま読んでようやく半分くらい。

 元SS将校マクシミリアン・アウエ博士が戦時中の体験を記した記録。といっても戦闘シーンなんてほとんど描かれません。捕虜を殺すシーンでは、殺す方が拷問を受けているような気の滅入る作業の繰り返し。お決まりのような管轄争いと、おもねり。絞首刑に処された人間が地面に垂らす涎や、吊るされた女のスカートのなかを見上げる子供たち(P.169,171)という、グロテスクなリアリティ。少なくとも語り手は観察者としては超一流です。

 まえがきに当たる部分の時点ですでに言い訳じみたことが書かれているので、眉につばつけて読み始めるものの、「観察し、なにもしない、これがわたしの好む立場です」(P.247)とあるとおり、語り手は自分のスタンスにかなり自覚的でした。

 しかしでは単なる傍観者かというとそうでもなく、捕虜に対する扱いに憤り、同性愛について熱く語り、山岳民族のルーツを言語学的に弁護したり、そのせいで左遷されたり、組織のなかではけっこうな厄介者です。ただしそうしたあれやこれやもいわゆる人道的な「正義感」からではなく、残酷な行為に吐き気をもよおし不愉快だからだし、みずからが同性愛者だからだし、同僚と言語学談義に花を咲かせることからもわかるとおりの学者肌で学問的に納得いかなかったから(戦局を見て、というのもあるけれど)だったり、どれもかなり個人的な事情に根ざしています。

 ふだんは空気なのに、自分の利害や興味のあることになると熱くなる――こういうのって、何というか。。。オタクに似ている気がします。自己正当化に余念がないところも。

 268ページから始まるブロックでは、自分の死を予言する山岳民族の老人がアウエ博士に死に場所まで案内させて自分を殺させるという、幻想小説じみた挿話まであって、底が知れません。

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