『The Bishop of Hell & Other Stories』Marjorie Bowen(Wordsworth Editions)★★★☆☆

「The Fair Hair of Ambrosine」(アンブロジーヌの金髪)★★★★☆
 ――Claude Boucherは旧暦12月12日の近づくのが怖かった。極秘書類を届ける途中にAmbrosineの家の前を通らなくてはならない。恋人のAmbrosineが死んだのは三年前の冬だ。刺殺されたAmbrosineの死顔、それも髪しか思い出せなくなっていた。夢を見た。12月12日に一人Claudeが歩いていると、誰かがAmbrosineの家に押し入り――殺人犯だ――Ambrosineを襲ったようにClaudeに襲いかかった……。これは警告か? 自分は12日に死ぬのでは? 友人のRené Legaraisに相談すると、「ただの夢だ、忘れろ」と言われた。12日が近づいてきた。夢とは別の行動をすればいいんだ。Claudeは思いつき、Renéを連れて水路で行くことにした。

 フランス革命期に生きるClaudeは、亡き人を忘れられずに精神的に不安定になってゆきます。悪夢は正夢なのではないか……。忘れられないのは一人ではない。ところが憑かれている人には、そんなこともわからない。パターンとしては珍しいものではありませんが、Claudeの苦悩を中心に描かれているため、真相がわかる瞬間(船の手配を間違えて二人連れで歩くことになった瞬間)まで気づかず、思わずあっと言ってしまいました。
 

「The Crown Derby Plate」(クラウンダービーの皿)★★★☆☆
 ――Martha Pymは幽霊を見たことがなかった。「クリスマスは幽霊を見るのにぴったりの季節じゃない?」「幽霊と言えば……Hartleysには出るって噂があるわ」「Hartleys?」三十年前Hartleysで開かれたオークションで、陶磁器のセットを購入したことを思い出した。素晴らしいセットだったが、一枚だけ皿が欠けていた。探しておく、と売り主は言っていたはずだ。この機会に再訪してみると、太った老婆が現れた。「お一人でお住まいなんですか?」「もう一人いたがね。陶磁器を売ろうとするもんだから追い出してやったよ」追い出した? 幽霊騒ぎは案外この老婆の仕業なのではないだろうか。「お皿を見せていただけません?」「いいよ。また来てくれるならあげてもいい」だが嫌な匂いが漂っている。Marthaは思わず逃げ出していた。その後、人から聞いた話だ。その家には人は住んでいない。主人は死んで、庭に埋葬された。家政婦はどこかに逃げ出してしまった。主人は皿のコレクションを手放したがっていなかったが、家政婦はオークションに出した。……まさか。あの家で会った老婆は、男のように髪が短く、土まみれで……

 幽霊を枕に物語が始まるので、あの人物が幽霊であることは何となく疑えるのですが、誰の幽霊か、がポイントです。わたしはてっきり、お皿の幽霊かと思ってしまいましたが――。
 

「The Housekeeper」(家政婦)★★★★☆
 ――Robert Sekfordeは破産寸前だった。「最初の奥さんはいい気味だと思ってるんじゃないかしらね?」妻の伯爵夫人にそう言われてどきっとした。前妻のことは黙っていたはずなのだが。スコットランド女らしく、やかましく、正直で、なによりいい家政婦だった。「使用人はどこだ?」「みんな出てったわ。食器とワインを持ってね。台所が散らかっていたでしょう」「そうだったな」Sekforde氏は一人で夕食を取りに行った。ところが台所はきれいに片づき、料理が用意されていた。使用人が一人残っていたらしい。だが妻はSekfordのいうことを、酔っぱらっているのだと取り合わない。だが枕元に女の姿が……。妻から問いつめられて、Sekfordeはついに白状する。「ぼくがあいつを殺したんだ……」

 前妻の幽霊らしきものが現れたらしいことは、かなり早い段階で明らかになります。そのからどのような結末に向かうのかが楽しみでしたが、最後の数パラグラフに凝縮されたシーンは圧巻でした。恐怖譚としてはさほど目新しいものではありませんが、ほんの数行で一気にズンズン迫って来られると、とてつもなく怖い。the woman smiledの一文も効いてます。
 

「Florence Flannery」(フローレンス・フラナリー)★★★★★
 ――斜陽がガラスに刻まれた文字を照らしている。フローレンス・フラナリー、一五〇〇年生。「見て。私の祖先よ、きっと」フローレンスは指輪をはずし、現在の年号を記した。すなわち「一八〇〇年」と。夫のダニエルが覗きこんだ。「おかしな感じだな。一五〇〇年に生まれて一八〇〇年に死んだみたいだ」

 西崎憲編『怪奇小説の世紀』第一巻に邦訳が収録されています。
 

「Elsie's Lonely Afternoon」(エルシーの孤独な午後)★★★★☆
 ――六歳のElsieは祖母と二人暮らしだった。使用人のほかは誰もいない。「Tom叔父さん」がときどき祖母と「やり合う」そうだ。金があれば何でも――この寂しい家から出ることもできるのに――。「この家には幽霊がいるの?」「みんな死んじゃったからねえ」「パパの幽霊も?」「そうかもね」。使用人が出かけた日のことだ。見たことのない人がいた。「パパなの?」「パパ? いや、うん、そうだパパの幽霊だよ。ところでお婆さんがものを仕舞ってある場所を知らないかい?」Elsieが教えると、幽霊は書類を取り出してポケットに仕舞った。「僕が来たことを誰にも言っちゃいけないよ」やがて使用人が帰って来て、死んでいるお婆さんを発見した。発作だったらしい。首に跡があるように見えるが、きっと見間違いだろう……。遺言では全財産をElsieに譲ることになっていたが見つからない。錯乱したお婆さんが破棄してしまったのだろう。遺産は息子のThomasに贈られた。Elsieは孤児院に送られた。孤児院は幸せなところではないだろう。でもElsieは嬉しかった。あの寂しい家から出ることができたのだし、ジャムを盗み食いしたことを誰にも怒られなかったのだから。

 寂しい家に住む寂しい少女の寂しい一生。孤独な少女が幽霊を目撃するという定型をうまく利用した作品でした。全体的な雰囲気はジェントル・ゴースト・ストーリーなのですが、そこにシニカルな現実が味つけされています。ただし単なる皮肉な話に落ちずに、最後まで幻想譚の気配を漂わせています。
 

「The Bishop of Hell」(地獄の僧正)★★★★☆
 ――ヘクター・グレートリクス牧師は私の友人だった。彼の評判は忌まわしいものであった。この悪党は尤もらしく行いすますこともできたから、カルヴァース卿が亡くなると遺産を受け継いだ。従兄のバルクリー大佐が従軍したのをいいことに、純真なバルクリー夫人をたらし込んでパリーに逃げた。

 ジョゼフ・シアリング名義の高橋泰邦訳「悪霊の法冠」が『EQMM』29号に掲載。地獄の恐ろしさというのはピンと来ないのですが、決闘で顎を打ち砕かれて、つまり表紙の写真のようになって燃え上がる場面は、語り手自身が書いているように、恐ろしく美しい光景でした。
 

「The Grey Chamber」(灰色の部屋)★★★☆☆
 ――Blendauは休暇を利用して旧友に七年ぶりに会いに行った。あいにくと部屋がないため、「灰色の部屋」に泊まることになった。その部屋には、力ずくで犯され服毒自殺をしたLady Gertrudeの幽霊が出るという言い伝えがあったので、子どものころのBlendauは怖がって近づかなかった。だがBlendauはもう大人なのだ。友人の憂慮を笑い飛ばして灰色の部屋で眠りについた。が、深夜零時の鐘で目が覚めた。枕元の鏡に、人影が映っている!

 作者不詳のフランスの怪談を、ボウエンが翻訳したもの。なので他愛ないといえば他愛ない。女性の幽霊と恋人の骸骨に挟まれてパニックに陥ったり、えらくテンポがいいので怖くはないが読みやすい。
 

「The Extraordinary Adventure of Mr John Proudie」(ジョン・プラウディ氏の異常な冒険)★★★☆☆
 ――薬剤師John Proudie氏の店に、真夜中に黒い仮面の男が訪ねてきた。「至急医者を頼む。イタリアの婦人が重病なのだ」。借家人のValletort博士には、怪しいからやめた方がいいと忠告したが、出かけてしまった。そぶりからすると、二人は知り合いだろうか――? するとショールをつけた女が訪れ、Proudie氏を近所の空き家に連れて行った。やがてあの訪問者が仮面を外し、女を連れ出した。訪問者は黒人だった。Proudie氏が別の部屋を覗くと、別の黒人がぐったりとしていた。その足許には、女の死体が! Proudie氏は家に逃げ帰ったが、翌日になっても博士は戻ってこない。空き家はもぬけの殻だった。あれは夢だったのだろうか……? 博士の荷物から日記が見つかった。博士はイタリア女と愛し合っていたが、女は黒人の兄弟と結婚していた。女には妹がいるというから、あの二番目の訪問者がそうだったのだろう。だが博士の行方はわからないままだった。それから数年後、空き家の庭から男女の頭蓋骨が見つかった。

 怪談というよりおぞましい悲恋という方がふさわしいこの物語は、1690年という設定です。
 

「The Soured Silk」(練り絹)★★★★☆
 ――文学者Orford氏の妻を見たものはほとんどいない。結婚の日と葬儀の日だけ。それも二十年前の話だ。このたび旧友の娘Elisaとの婚約が決まり、前妻の墓で「この下、すぐ触れられそうなほど近くに眠っているんだ」と話すOrford氏を見て、Elisaは不安に襲われた。その夜、Elisaは悲鳴をあげた。図書館の椅子に女物の絹とスカートが掛かっている。「家政婦のだろう」とOrford氏は言ったが、前妻Floraのものに違いない――。以下は家政婦の話だ。前妻が浮気し、その直後に亡くなった。それ以後、Orford氏は夜な夜なFloraの肖像画に話しかけているという……。Elisaは婚約解消を決めた。だが翌日、Orford氏は殺害されていた。鍵の掛かった部屋で、壁を背にした椅子に座ったまま、後ろから首筋を刺されていたそうだ。人間には不可能な犯行に思える。【ネタバレ】だが部屋を調べたElisaは悲鳴をあげた。壁に絹が! 肖像画の後ろが隠し扉になっているのだ。扉を開けると、そこには自ら首を絞めたと思しき女性の死体があった。Floraだ……。Orford氏は浮気の罰として、二十年間Floraをここに閉じ込めていたのだ。Floraは口がきけなかったから、助けを呼ぶこともできなかったのだ。今になって復讐を果たした理由は誰にもわからない。【ネタバレ終】

 前妻のお墓の前で新妻におかしなことを話すから、明らかにおかしな人だなあと思っていたら、それがミスディレクションでした。どう見ても幽霊の仕業なのに、ことさらに不可能犯罪を強調したりするのにも、すっかり騙されてしまいました。しかしそこまで愛し罰した人がいるのに新妻ってのも……。
 

「The Avenging of Anne Leete」アン・リートの復讐)★★★☆☆
 ――私は一幅の絵に魅せられていた。その緑衣の女性がつけているのと同じ宝石を目にしたことから、絵のモデルの夫だったBretton老人に会うことができた。Anne Leeteは殺されたのだと言って、老人は次のような話を聞かせてくれた……。Anneと若き日のBrettonは婚約していたが、あるときAnneが姿を消した――ナイフを持った緑衣のAnne(の幽霊)を見かけたBrettonは、Anneは殺されたのだと確信した。犯人の目星もついていた。老人はミサのあいだRob Pattersonの後ろに座り、「自白しろ」と念じ続けた。ミサの後、警官が遺体を発見した。ついさっきPattersonが自首したという。だがPattersonは教会で目撃されていた。Brettonは気違い扱いされ、Pattersonはのちに自殺した……。「妄想だと思ってるんだろう?」Bretton老人が私に言った。「ではあれは何かね?」振り返った私の目に、緑衣の女性が飛び込んできた。私は老人の最期に居合わせた。

 はじめのうちは何が怪異なのかつかませず、ただただ語り手が興味を惹かれた肖像画の女性を追いかけます。「Anne Leeteは殺されたのだ」という老人の一言で、がぜん物語は佳境に入るのですが、そこからも何だか老人が頭がおかしそうな行動を取るのでなかなか話の先が見えません。何だこの話は?と思った瞬間に、とどめの一撃が待ち受けていました。
 

「Kecksies」(藁束の山)★★★☆☆
 ――若い領主のNickとNed Creditonが雨宿りをしたところ、Nedの妻にちょっかいを出していたRobert Horneの遺体が安置されていた。悪戯心を起こしたNedは、死体の代わりにシーツをかぶって会葬者を驚かそうと決め、死体を小屋の藁山に隠した。ところがいつまで経ってもNedは起きあがらない。Nickがシーツをめくると、そこにあったのは死体だった。いつの間にか帰ったらしい。Nickも馬を出してNedに追いついた。帰宅したNedは妻と部屋に姿を消したが――やがて悲鳴が。そのとき会葬者たちがカートを引いてやって来た。そこにはNedの死体が。では部屋にいるのは――? ドアが開き、Robert Horneが現れた。室内にはNedの妻の死体。崩れ落ちるRobert Horne。会葬者はその死体を乗せて帰っていった。

 横暴な領主が死者にいたずらをして復讐される話です。ジプシーなどの浮浪者や下層民がまるでおぞましい化け物のように描かれているのが雰囲気を盛り上げていました。
 

「Ann Mellor's Lover」(アン・メラーの恋人)★★★☆☆
 ――私は千里眼に興味があった。私自身、よく「見える」ことがあった。ただし私の場合、未来ではなく、過去だったが。ある本を手にしたとき、「それ」が見えた。初めは女性の顔だった。次には「Norway」「Nightingale」という言葉が聞こえた。そして私は墓を見つけた。170年前に死んだその女性の名は、Ann Mellorと刻まれていた。徐々に「それ」は明らかになってきた。ついに私はNightingale通りにたどり着いた。ここにあの人が住んでいたのだ。数日後、私は絞首台のイメージを見た。もう我慢できない。私は本を枕の下に入れて眠った。するとそこにはAnnがいた。私は結婚を申し込んだ。いささか強引に。「Eric、わたしにはそんなつもりはないのに……」Annが言ったその一言が原因で、私は財産を狙う誘拐犯にされてしまった。目が覚めてから調べてみると、170年前にEric Ericsonという名の男が絞首刑にされていた。

 そういう体質持ちの男が、過去と現在のあわいを千里眼と夢を通して行き来する、死者を求めてさまよう恋路行。千里眼というより前世のような感じなのでしょうか。
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