『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』真野倫平編訳(水声社)

「闇の中の接吻」モーリス・ルヴェル(Le baiser dans la nuit,Maurice Level)
 ――恋愛のもつれから女に硫酸をかけられ、失明したアンリ。医者や兄は気休めを言うが、助からないのはわかっていた。今日は裁判の日だ。傷の具合を明らかにすれば女の有罪は確実だと言われたが、アンリが出廷を拒んだため、無罪が言い渡される……。

 つまりこのお約束通りの復讐が、水戸黄門の印籠のようなお待ちかねの……ということなのでしょう。舞台とはいえ見た目の残虐さよりも、むしろひと息にやらずに段階を踏んで痛めつける陰湿なところが悪趣味です。
 

「幻覚の実験室」アンドレ・ド・ロルド&アンリ・ボーシュ(Le laboratoire des hallucinations,André de Lorde&Henri Bauche)
 ――ゴルリッツ博士は患者を使った人体実験に明け暮れ、妻のソニアは体をもてあましていた。だが浮気相手のド・モラがドライブ中に事故に遭い、博士が手術を担当することに……。

 マッド・サイエンティストもの。狂気よりも肉体的にぐちょぐちょぎちょぎちょした生々しさがあります。ちょっとだけ「パンの大神」みたいになりかけましたが、一瞬だけでした(^_^;
 

「悪魔に会った男」ガストン・ルルー(L'homme qui a vu le diable,Gaston Leroux)
 ――友人のマティス&クレルリ夫妻たちと山に入り、崖から落ちかけ怪我をしたアランは、山中の屋敷に避難した。部屋の扉に十字架が飾られているのを見て、マティスとマティウが声をあげた。「ここはあの男の家だ! 悪魔に会った男の家だ!」クレルリとアランは一笑に付したが、屋敷の主人は「悪魔に魂を売ってから賭けに負けることがなくなった」と告白し……。

 これまでの下品な恐怖とは違い、けっこうドラマで読ませる作品です。十字架の扉とは何なのか、悪魔に会った男とは何者なのか、どんな災厄が待ち受けているのか、アランとクレルリの不倫の行方は――。アランと主人の賭けトランプの結果にワンクッション置いてあることで、さらに不安や緊張感や不気味さがあおられてます。アランが突然最後に女々しいのが、なんだか『オペラ座』の作者だなあと。
 

「未亡人」ウジェーヌ・エロ&レオン・アブリク(La veuve,Eugène Héros, Léon Abric)
 ――ギロチンの据えられた牢獄。浮気をしているパルミールとルカルドンが見学にやって来た。パルミールは死と隣り合わせの場所で浮気する方が興奮するというのだが……。

 扉の袖に「一幕のコメディー」とある通り、それほどショッキングな場面もなく、イギリス人観光客と通訳が言葉の通じないお約束のすれ違いを演じたりと、全体的にドタバタの味が強い。
 

「安宿の一夜」シャルル・メレ(Une nuit au bouge,Carles Méré)
 ――アタロンガ公に誘われて安酒場に連れられて来たマルティニー公爵夫人リュシエンヌ。ささやかなスリルを楽しむだけのつもりのリュシエンヌだったが、アタロンガ公が酒場で起こった殺人事件の話をし始め……。

 これもショッキングな場面はあまりなく、どちらかと言えばアタロンガ公がリュシエンヌにじわじわと恐怖をほのめかしてゆくサスペンスを楽しめる作品でした。「赤い部屋」などの趣向ですね。
 

「責苦の園」ピエール・シェーヌ(Le jardin des supplices,Pierre Chaine)
 ――大型客船スフィンクス号上で、恋のもつれからリ=トンを突き落としてしまったマルシャル。目撃していたのはクララだけ……? 一方、「責苦の園」と呼ばれる拷問場ではさまざまな拷問が繰り広げられていた……。

 前半は「責苦の園」自体の描写はあまりなく、船上を舞台にしたミステリー・タッチの作品ですが、最後の最後に極めつけの残虐が待ち受けていました。ほかの作品と比べるとけっこう筋立てに凝っている作品です。
 

「怪物を作る男」マクス・モレー&シャルル・エラン&ポル・デストク(Le faiseur de monstres,Max Maurey&Charles Hellem&Pol d'Estoc)
 ――ブロコーは生きた動物を改造してサーカスの見世物を作っていた。今はゴリラを人間に改造しようと試行錯誤している。ライバル団のアルタコフに誘われたブロコーだったが、サーカス団員アポロンの妻リナに惚れていたためいったんは誘いを断る。だがリナもアルタコフに誘惑されていることを知り……。

 人間ではなく動物に対する残酷描写。目つぶし皮剥ぎは当たり前、「アザラシ」や「モグラ」を作り出します……。そしてついに狂人の魔の手は愛する女にも……。
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