『狼女物語 美しくも妖しい短編傑作選』ウェルズ恵子編・解説/大貫昌子訳(工作舎)★★★☆☆

 みすず書房からも怪奇小説フェミニズムの作品集が出ていましたが、本書は「狼女」に絞った分だけかなり無理が来ており、ことジェンダーという観点からはこじつけも目立ちます。
 

「イーナ」マンリー・バニスター(Eena,Manly Banister,1947)★★★☆☆
 ――短編小説があまり売れないときには、ジョエルは狼狩りの賞金に頼っていた。仕留めた母狼について来ていた白い仔狼を、山小屋に連れて帰った。ジョエルが町に帰る日、イーナと名づけた白い狼は、檻から逃げ出してしまった。成長したイーナは群れのリーダーになり、先頭に立って家畜を襲った。

 メルヘンのような作風ですが、実は怪奇雑誌『ウィアード・テイルズ』に発表された作品です。言葉も交わさず(交わせず)、互いの気持も通じ合わず、ただすれ違うように出会うだけ、そのことが、生々しくない無垢の愛という印象を強めています。
 

「白いマントの女」クレメンス・ハウスマン(The Were-Wolf,Clemence Houseman,1896)★★★★☆
 ――クリスチャンは家路を急いでいた。目の前の雪に、巨大な狼の足跡を見つけ、注意深くつけていった。足跡は家の扉に一直線に続いている。思い切ってかけがねをあげ足を踏み入れると、見慣れた顔のなかに見知らぬ顔がひとつ混ざっている。白い毛皮を着た美しい女だ。

 イギリスの女流作家。一人の(狼)女をめぐる兄弟の愛憎あふれるドラマと、狼女を追いつめる迫真の追跡/逃走劇に、「狼よりも誰よりも足の速い弟」という神話じみた設定が紛れこんだ不思議な作品です。「キスをされた者は真夜中に死ぬ」「変身中の姿を人に見られれば二度と変身できない」といったいろいろな伝説の要素を取り込みつつ、最後に都合のいい「退治法」が出てくるあたりも、フォークロアとは別の匂いがします。両腕を斧で砕かれて血を流しながらも狼より速く走り続けるにいたってはもはや人間業ではない神々しさすら感じられました。まるで着ぐるみのような狼女の版画は著者自身によるもの。
 

ブルターニュ伝説 向こう岸の青い花」エリック・ステンボック(The Other Side: A Breton Legend,Eric Stenbock,1893)★★★★★
 ――村人は決して小川を渡って「向こう側」へ行こうとしない。夜になると、人狼や一年のうち九日だけ狼に変えられてしまう哀れな人間どもの吠え声が響いてくる。おとなしくて優しい性質のガブリエル少年は、満月の光のもと、川向こうの岸に、深い青色をした大きな花が咲いているのを見つけた。勇気を出して跳び渡った。途端に、目の前を赤く燃える目をした黒狼の列が通った。狼の頭をした人間や、人間の頭をした狼が走り、頭上には黒フクロウやコウモリ、黒蛇のようなものが飛んでいる。金髪の少女が青い花のなかを歩いていた。

 「夜ごとの調べ」の邦訳がある、スウェーデン貴族の作品。どこか人と違うところのある繊細な少年が、あちらの世界を垣間見てしまう、という王道もの。ここでは「狼」というのは、魔物であり獣である存在の代表のような形で描かれています。人狼というより、狼の姿をした禍々しいゴブリンでしょうか。クライマックスで描かれた芝居がかった神父や炎をほとばしらせる狼に象徴されるように、様式美の支配する作品で、ものすごい量のメタファーなどが埋め込まれていそうな気配があります。わかる人にはわかるのでしょうが、わからないなりに記憶に刻みつけられる描写ばかりでした。捨てた途端に黒こげに変わる青い花や、黒ミサの呪文など。
 

「コストプチンの白狼」ギルバート・キャンベル(The White Wolf of Kostopechin,Gilbert Cambell,1889)★★★☆☆
 ――放蕩者のパウルは、首相の息子を決闘で殺してしまい、リトアニアの領地に引きこもっていた。愛娘からリスをせがまれ森に入ったパウルは、密猟者のむごたらしい死体を発見する。頸動脈は引きちぎられ、胸は鋭い爪で引き裂かれ、左側には穴がぱっくりと口を開けて、どすぐろい血が固まっていた。領内は一大パニックになった。パウルは渋々ながら狼狩りを組織することにした。

 作者自身が本篇の領主のような傍若無人な人だったそうです。美女によって骨抜きにされるところは「白いマントの女」と同様ですが、こちらの方がより単純です。聖水やマーキングのキスや月光のような「怪談」としての装飾物がなく、普通の銃でも退治できるあたりなど、著者の経歴を鑑みると、何だか現実のスキャンダルに人狼伝説をくっつけただけなのではないかと勘繰りたくもなりました。
 

「狼娘の島」ジョージ・マクドナルド(The Gray Wolf,George MacDonald,1871)★★★☆☆
 ――島で道に迷った学生は、母娘が暮らす海岸の掘立小屋に一夜の宿を借りる。娘は一度だけ、伏せた目を学生に向けた。そのとき見えた青い眼は、飢えたようにじっと見つめている。老女は魚を焼いて客にすすめた。娘は嫌そうに鼻と口をゆがめた。「あの子は魚が嫌いなんですよ」「見たところあまりお元気ではなさそうですが」

 これは解説にあるとおりの、「被差別民を動物や両生類に寓話化した」そのものずばりの作品でした。「異質」であること自体をロマンティックに感じてしまうところが人間にはあるからこそ、こういう作品が可能なのでしょうね。
 

「狼女物語」キャサリン・クロウ(A Story of a Weir-Wolf,Catherine Crowe,1846)★★★☆☆
 ――ヴィクトールはフランソワーズを一目見て恋に落ちました。従姉妹のマノンはそれが面白くありません。そこでフランソワーズの父親が錬金術師であるのをいいことに、あの父娘は人狼だという噂を流しました。迷信深い村人たちはその噂を信じました。

 ですます調で伝承を紹介するような語り口の、魔女狩り物語。
 -------------

  『狼女物語』
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。
  オンライン書店bk1で詳細を見る。


防犯カメラ