『ミステリマガジン』2012年2月号No.672【特集 アジア・ミステリへの招待】

 今月号は久しぶりに『ミステリマガジン』『S-Fマガジン』ともに当たりの月でした。
 

 特集は「アジア・ミステリへの招待」。北欧特集のときとは違い、ガイドに加えて短篇も3篇掲載されています。
 

 台湾・中国・インド・ミャンマーの現状に加えて、そうした国々のミステリの日本での受容史、および島田荘司による巻頭言。こうして並べられてみると、島荘が事実誤認をもとに華麗にアクロバットを決めているのがよくわかります。ミステリとはいかにきれいに嘘をつくかなんだなあとしみじみ思いました。

 意外と訳されているものなんですね。早川・創元から洩れちゃうとなかなか目につきにくい。『蝶の夢』の天一(中国)、ミャンマーミンティンカ『マヌサーリー』『バラモン・バーコン』ベトナムトラン・ニュット『王子の亡霊』あたりを読んでみたい。
 

「待つ人」サニー・シン/武藤崇恵訳(The Wait,Sanny Singh,2011)★★★★★
 ――シャルマ夫人は毎日夫の帰りを待っている。戦争となり、電報が届いた。さいわい、死亡したわけではなかった。行方不明だった。三十年のあいだ……国境の向こう側から、シャルマ空軍少佐が脱走したという噂が伝わってきた。どうやら在パキスタン・インド高等弁務官事務所に電話をかけてきたようだが、どうしてそんなことができたのかは謎だった。

 インド。長びく国際間の緊張が続くインド・パキスタンで、盗聴を防ぐために夫婦がシャワーを出して会話するような「日常」を破る、行方不明の兵士を待ち探し続ける夫人――という状況自体がすでに尋常ではないというのに、三十年経ってまた事態が動き出します。インドが舞台だと、これが「SF」でも「歴史」でもない皮膚一枚の感覚なのかどうかもわからないのがいい方に作用してます。
 

「計算機」ミトラン・ソマスンドゥルム/富永和子訳(The Calculator,Mithran Somasundrum,2012)★★★★☆
 ――「ぼくは計算機なんだ――」国際暗算競技大会に参加するためロンドンからバンコクにやって来たという男は、アティヤに向かってそう言った。翌日、彼は店に来なかった。「あの人に何か悪いことが起こったに違いないわ」。わたしは肩をすくめた。「わかっていることが少なすぎるな」

 タイのハードボイルド。ほんのちょっと知り合っただけの男がいなくなったけれど気になるから探して欲しい、といういかにもハードボイルド小説らしい依頼で幕を開けます。真相にはタイの国内事情(?)らしきものも絡んでいて、ハードボイルドを借り物ではなくうまく自国のものにしている印象を受けました。
 

「親友」ソン・シウ/米津篤八(2010)★★★☆☆
 ――ナバギを預けたヨンギョンは、約束の日になっても引き取りに来なかった。いつまで経ってもほえ癖の直らないナバギだが、その日はなぜか元気がなさそうだった。マンションを訪れた私を待っていたのは、ヨンギョンが死んだという報せだった――。

 韓国。駄犬が駄犬であるがゆえに知らぬ間に犯人を指摘するところに味があります。さり気ない伏線も、まるでそんな駄犬っぷりを際立たせているようでした。どうして物覚えのいい獣医が被害者の恋人の顔だけを覚えていなかったのかがよくわからない。知らず被害者のことが好きだったから意識してかっかしちゃったってことかな? 右肩下がりの斜体字が異様に読みにくい。
 

「迷宮解体新書(49)相沢沙呼」村上貴史
 マジックとミステリというとどうしたって泡坂妻夫を連想してしまいますが、相沢氏は「ライトノベルで育ち」、北村薫加納朋子日常の謎をむさぼり読み、サラ・ウォーターズを「お嬢様と侍女というのがまさにストライク(笑)」という理由で好きだそうです。
 

「彼女がくれたもの」トマス・H・クック/府川由美恵訳(What She Offered,Thomas H. Cook,2010)★★★☆☆
 ――黒。彼女は黒だけに身をゆだねていた。メモを書きつけ、カウンターの客伝いにおれに寄こしてきた。“あなたが人生について知っていることは、わたしにもわかっている”。「これはデートの誘いか?」「ちがうわ。情事の誘いよ」

 新刊『ローラ・フェイとの最後の会話』に合わせて宣伝しようとしたところ、著者本人から「だったらこの短篇がいいんじゃない」とすすめられた作品だそうです。こういう小粋もどきの会話は苦手です。
 

「四人目の空席」スティーブ・ハミルトン/越前敏弥訳(Room for a Fourth,Steve Hamilton,2006)★★☆☆☆
 ――ゴルフ場のレッスンプロが頭を殴られ殺されていた。アシスタントプロのわたしはコースを回っていた三人に話を聞くが……。

 ポケミス『解錠師』に合わせた短篇掲載の模様。ひねりが回りくどすぎて却って意外性が鈍っています。
 

「勝手に文庫解説(2)」北上次郎
 『水上のパッサカリア

「幻談の骨法(18)」千野帽子

「独楽日記(49)タンタンの冒険」佐藤亜紀
 

「書評など」
『特捜部Q』は早くも第二弾「キジ殺し」が登場。『水晶玉は嘘をつく』アラン・ブラッドリー、『おやすみなさい、ホームズさん』キャロル・ネルソン・ダグラス『第七階層からの眺め』ケヴィン・ブロックマイヤーは、「ジャンル混淆の〈ストレンジ・フィクション〉の見本市のような一冊」。リヴァイアサン クジラと蒸気機関』スコット・ウエスターフィールドは、新ハヤカワSFシリーズの第一弾。ノンフィクションは曹操墓の真相』

「『アメリカ・ハードボイルド紀行』刊行記念対談」小鷹信光×松坂健
 

  [bk1]


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