『妖魅は戯る 文豪怪談傑作選・大正篇』東雅夫編(ちくま文庫)★★★☆☆

「たそがれ」「月夜」鈴木三重吉 ★★★★☆
 ――私を探していらしったの? 今裏の庭へ出ていたところです。栗の木から、蜘蛛が糸に伝って水に下りました。夕方に蜘蛛が水の上へ下りると屹度だれかが遠くへ行くのだといいます。別れが悪いからと思って、黙っていらっしゃるのでしょう?……

 久しぶりに(?)訪れたつれない恋の相手に、心を病んで自死した母のことを語り聞かせる女の、一人称小説です。もう別れたいんでしょう?という嫌味を言うのにも、水に下りた蜘蛛を持ち出すほどの上品な語りに、めろめろです。そりゃあ、「まあ待って……」という展開にもなりますとも。

 もう一篇の「月夜」では、夜中に家を抜け出して近所を散歩していた少年が、白いスカート姿の西洋人の女性を見かけます。歌声も人の姿も、前からと思えば後ろから聞こえたり見えたりするため、少年は不思議に思いながらも家に帰りますが……。母親の書き残した一言にぞっとしました。
 

「夢の日記から」「ゆめ」「夢の日記」中勘助 ★★★☆☆

 文字通り夢を記したような内容の「夢の日記から」からは、「あかりを」と呼びながら怨霊が少しずつ隠れ場所に近づいてくる話、険しい山を登っても登っても牛の頭の形をした岩が現れる話、仙人が落武者となって肉体を溶かす青玉を投げて追いかけてくる話、が印象に残りました。「ゆめ」「夢の日記」も同様。
 

「道連(初出バージョン)」「菊」「鯉」「坂」「内田百間小品集(「残夢三昧」ほか)」「とおぼえ」内田百間

 百間はちくま文庫で集成が出ていることもあり、「道連」初出バージョンなどの珍品を交えて。
 

寺田寅彦小品集(「夢」ほか)」「怪異考」「化物の進化」「人魂の一つの場合」寺田寅彦 ★★★☆☆

 絵のような夜に硝子の花や機械仕掛けの鳥など、びっくりするほどメルヘンチックな「夢」。「孕《はらみ》のジャン」「頽馬《たいば》・提馬風・ギバ・大津虫」、ほか「鎌鼬」「人魂」などの妖怪現象に科学的な考察をくわえる「怪異考」以下。
 

志賀直哉小品集(「イヅク川」ほか)」「盲亀浮木」

 本書の顔ぶれのなかではもっとも意外な作家だったので期待していたのですが、やはり怪談や幻想とは縁遠く、かろうじて「夢」がモチーフとなった作品集でした。
 

「文豪たちの九・〇一――震災体験記集」

 寺田寅彦内田百間田中貢太郎岡本綺堂の震災関連作品集。身のまわり品を持ち出しに家に戻って焼け死ぬ人々を描いた田中貢太郎のエッセイ「大震災余談」が生々しかった。

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