『Le Vampire』Alexandre Dumas

 『吸血鬼』アレクサンドル・デュマ,1851年。

 戯曲。散文。マケ共作。

 スペイン山中。ロゾ親方の宿屋は娘の結婚パーティの準備でにぎわっていた。パーティの出席者で部屋があふれたため、使用人のラザールは追い出されることになった。宿を取りに来た旅人たちも門前払いをくらっていた。そこに訪れたフアナという娘が、引き裂かれた恋人と逢引を約束したTormenar城に案内を乞う。だがTormenar城は、訪れた者はみな死体で見つかると恐れられていた場所であった。地元民の誰もがしり込みして案内を拒む。そこで旅人の伯爵ジルベールたちは、どうせならと城で宿を取ることに決め、フアナとともに城を目指す。

 城には誰もいない。待ち合わせているはずのフアナの恋人ドン・ルイス・ド・フィゲロアの姿も見えなかった。いかにも化け物の出そうな城の雰囲気から、いつしか一座は怪談話で盛り上がる。美女の姿で男を惑わせる吸血鬼の話をしていたところ、暗がりから人影が! 驚く一同に向かって、男は自己紹介をする。イギリス貴族のルスウェン卿と言って、みなと同じく宿を求めて城にやってきたのだ。宿屋を追い出されたラザールも、ちゃっかりルスウェン卿の使用人におさまっていた。

 城の伝説を物語るラザールの口から出た言葉は思いがけないものだった。城の現当主は現在も生きており、その名は「ドン・ルイス・ド・フィゲロア」。そして深夜、不安になりながらも一人ドン・ルイスを待つフアナの悲鳴が聞こえた。息絶えるフアナ。駆けつけるジルベールの目に、フアナの部屋から飛び出した怪しい人影がうつる。思わず剣を向けたその先にいたのは、ルスウェン卿だった。「私も悲鳴を聞いて駆けつけたのだ。私の死体は一族の習慣にしたがって風葬してほしい」と言い残して事切れるルスウェン。

 ※一応ここから伏せ字 その夜。月の光を浴びてよみがえるルスウェン。

 ブルターニュティフォージュでは、エレーヌが兄ジルベールの帰りを待っていた。ラザールを使用人にしていたジルベールが帰ってくる。ところがジルベールがエレーヌの口から聞かされたのはとんでもない出来事だった。幼馴染のフィリップを袖にして、突然現れたマースデン男爵という男と婚約したというのだ。紹介された男爵の姿を見て、さらに驚くジルベール。ルスウェンではないか! 実は死んでいなかったのだ、と説明するルスウェンだが、ジルベールは納得しない。実は帰ってくる途中に仮面の男に狙撃されたのだが、それを謎の女性に助けられていたのだ。そしてその仮面の男こそルスウェンであり、フアナを殺したのもルスウェンだと信じていた。というのも、前日ムーア人の女に助言され、タペストリーの間で眠ったジルベールは、夢に現れた精霊に知らされて、ルスウェンが吸血鬼であることをわかっていたのだ。だが精霊の話やルスウェンが生き返ったという話をしたばかりに、狂人扱いされてしまうジルベール

 ジルベールを閉じ込めてヘレンに迫るルスウェン。監禁場所を抜け出して助けに来たジルベールだったが、一足遅くエレーヌは息絶えていた。ジルベールはルスウェンを崖下に放り投げ、今度こそばらばらになって死んだはずだった。

 ルスウェンの恐怖が忘れられず、婚約者の女スルタン・アントニアとともにヨーロッパを出ようとするジルベール。だがジルベールが一人になると、アントニアの女奴隷ジスカが話しかけてきた。「恩知らず」と。彼女こそ、ジルベールを狙撃から守り、タペストリーの間でルスウェンの正体を知らせたグールだった。ジルベールを愛しているからこそ助けようとしたのに、ほかの女と幸せになるのが許せなかったのだ。言い合っている最中に、ラザールの悲鳴が聞こえる。「吸血鬼だ!」。

 「アントニアを助けてくれないのなら僕もいっしょに死んだ方がましだ」とまで言うジルベールに、毒薬を手渡すジスカ。だがいざ二人が死に挑もうとしている場面を見て翻意する。不死の存在であるジスカには、ジルベールの腕に抱かれて愛をささやかれながら死ぬことすら妬ましかったのだ。それならいっそ二人で幸せになってほしいと、吸血鬼の退治方法を教えるジスカ。聖別された剣を用いればふたたびよみがえることはない。それだけ言い終えると、ジスカは倒れて消えた。互いに裏切ってはならないという魔界のルールを破ったため、不死の魔力を奪われたのである。剣を持ってルスウェンに挑むジルベール。墓まで追い詰め、剣を刺すと、ルスウェンは墓に倒れて閉じ込められる。

 やがて空に天使が現れ、ヘレンとフアナが、地上から上ってくるジスカを迎えに行く。抱き合うジルベールとアントニアを見て、祝福の言葉をかけるヘレンとフアナ。幕。伏せ字終了

 デュマによる吸血鬼ものの戯曲です。戯曲という性質上、吸血鬼とは言っても血を吸ったり変身したりといった派手なことはせず(できず)、何度も名前を変えて甦り姿を現すくらいなのですが、これがびっくりするくら面白いのです。

 奇怪な言い伝えのある幽霊城で夜更けに語られる恐怖譚。怪談の流れに合わせて登場するショッキングな演出。そして、探し求めている待ち人こそが当の城の持ち主だったという、裏を掻いた事実……。序盤の段階で、怪談のツボをとんとん拍子に刺激されて、すっかり引き込まれてしまいました。

 さらには敵か味方か謎めいた女性まで登場して、この女性のおかげで、怪奇譚であるだけでなくロマンスにもなっているところにサービス精神を感じます。ほかにも奴隷によるダンスのシーンがあったりと、いろいろ盛り上げようと考えている節が感じられます。

 ときどき長めの独白・傍白があるくらいで、基本的に一人一人の台詞が短いので、かなりテンポがよくて楽しめる戯曲を作ろうとデュマ自身が意識していたのではないでしょうか。

 クライマックスの退治シーンも、灰になることこそ現実的に不可能であるわけですが、できるだけ派手に見せようとする意図が窺えました。バタン、バタンという畳みかけるような流れは、うまくいけば道成寺の鐘入りみたいな迫力があるんじゃないのかなと思いました。

 ルスウェン(Ruthwen)という名前は、おそらくポリドリの吸血鬼小説に登場するルスヴン(Ruthven)卿から採られています。この作品自体、ポリドリ作品をアレンジしたノディエの戯曲に触発されたもの、という来歴を持っているようです。死んだ吸血鬼が月の光を浴びて復活する場面や、吸血鬼が主人公の妹を犠牲者に選ぶところなど、確かにポリドリやノディエの作品に共通する部分もありました。イギリス貴族という設定なのでルスウェンと読んでおきましたが、当時の舞台ではフランス語読みしてルトヴァンと呼ばれていたかも。


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