『ミステリーズ!』vol.56 2012年12月【2012ミステリ総ざらい編集部座談会&青崎有吾・美輪和音インタビュー】

「私の一冊」長沢樹
 「タイトルで嫉妬した」という樋口有介『彼女はたぶん魔法を使う』。

「2012ミステリ総ざらい」
 「一九二〇年代のドイツが舞台」のクッチャー『濡れた魚』や、「驚愕の結末」「トンデモ歴史ミステリ」『エジンバラの古い柩』、「一番ショッキングで」「泣ける本」パトリック・ネス『心のナイフ』、「閉塞感が描かれている作品」「現実のどんづまり感を主に女性の書き手が描いている」作品の一つである山内マリコここは退屈迎えに来て』、このミス大賞候補作『保健室の先生は迷探偵!?』『公開処刑人 森のくまさん』『Sのための覚え書き』等が気になりました。

「青崎有吾・美輪和音インタビュー」
 青崎氏は現役大学生なのですね。学内という設定から探偵役を考えていった経緯が面白い。美輪氏は脚本家。嫌な話の作品集。
 

「清然和尚と仏の領解」天野暁月
 ――弥勒菩薩から依頼されたのは、和尚撲殺事件。千年万年探偵事務所の丹町と鶴木は、和尚が事件当日に出かけていたことをつきとめ……。

 ミステリーズ!新人賞佳作作品。本物の弥勒菩薩が登場するぶっとんだ設定がどう活かされるのか……真相もやはりぶっとんでいました。「菩薩のような顔」という譬喩は、紋切り型であることが隠れ蓑になっています。禅の公案の解釈をきっかけに真相に気づく逆転の発想といい、アイデアはいいのに、泡坂妻夫鯨統一郎作品にある軽妙さが文章から感じられないのが瑕瑾でした。
 

「○の一途な追いかけかた」中村みしん
 ――図書館部の新入生・夏樹は、橘君が宮古部長と同じ本ばかり借りていることに気づき、部員の一条葵先輩に相談してみた。

 同じく佳作作品。二作品とも動機や発想に工夫を凝らしているのが窺えます。読書部や図書部ではなく「図書館部」という活動内容の曖昧な部活であることが、第一弾の真相から目を逸らさせる役割を果たしていました。日常の謎のなかに二転三転させるだけの材料を詰め込み、さらには操りまで組み込んだ贅沢な作品で、それでいながら何より日常の謎として不自然なものではないところがよかったです。
 

魔の山の殺人』(7)笠井潔
 ――ボルボーニには外傷がなかった。死因も不明で、事故か他殺か自殺かもわからない。ナディアはアリバイを確認するが、ナディアとカケルのほかにアリバイのあるのは、いちばん怪しいと考えていたジュリアンだけだった。さらにソフィー・ローランが夜中に部屋から出歩いていたという証言があり……。

 殺人現場からスキー用具が一つずつ消えている、という面白い謎から、テロリストと捜査官が判明するまで、じわじわと物語が進み始めています。今回は哲学談義はなし。
 

「チョコレートに、踊る指」相沢沙呼
 ――病室の毛布にくるまっていたヒナは、わたしの方に顔を向けた。「スズ、今日は早いんだね」 声が出なかった。深海さんの自宅で、三人揃って映画を観たときのことを思い出した。ヒナがリモコンの消音ボタンを押してしまったのだ。わたしはキーボードに手を伸ばし、『部活が早く終わったから』と入力する。

 ノンシリーズもの。登場人物がどういう状況にあるのかは、しばらく読んでも正確にはわかりません。それゆえに文章から推察するしかないのですが、そのように推察するということがすでに著者による誤誘導にはまってしまっているということにほかなりません。幕引きにある「seejungfrau」とはドイツ語で「人魚」の謂。ここでは、声を失った人魚姫のことを指すのだと思われます。
 

「誘拐の裏手」西澤保彦

「私はこれが訳したい」(7)青木純子
 ウィルキー・コリンズ『月長石』。こういう名のみ高い古典というのは、どうしても読む機会を逸してしまいがちなので、読むきっかけとしても新訳を出してもらえると助かります。
 

「宿題」フィル・ラヴゼイ/神林美和訳(Homework,Phil Lovesey,2009)
 ――ハムレットは本当に狂っていたのでしょうか? 授業で『ハムレット』の映画を見たとき、わたしが『マクベス』みたいな下品な映画きらいだと言ったら、みんながどっと笑って、そんな失礼なことをするみんなを先生も叱ってくれませんでした。そのときです。先生にこんなことしようと決めたのは――。

 著者はピーター・ラヴゼイの息子。大筋ではハムレットにヒントを得た復讐計画、ということになるのでしょうが、学生がハムレットの状況を追体験することで、ちゃんとハムレット解釈のレポートにもなっている、という点が面白い作品でした。
 

「恋の仮病」市井豊
 ――デザイン科の舞田は、罰ゲームで好きでもない子に告白したと聴き屋であるぼくに打ち明けた。告白された志藤のほうでも、OKしたのは練習相手のつもりだったのだ、と言う。

 聴き屋だからわからなかった――というのが逆転の発想というよりは、謎でも何でもない話をむりやり謎にしているようで、尻すぼみも甚だしい作品でした。
 

『ねじまき片想い 宝子のおもちゃ事件簿』「花火大会で恋泥棒」柚木麻子
 ――西島さんが大事にしていた父親との思い出のテレフォンカードが掏摸にあった。宝子はカードの流出先を突き止めるべく、掏摸との接触をはかるが、掏摸が出した条件は、宝子に目黒刑事の財布を掏ってこいという驚くべきものだった。

 最終回にして怒濤の展開。打ち切りというわけでもないでしょうに、目黒刑事や西島さんや玲奈との関係を強引にまとめてしまった印象を受けました。単行本化、あるいは続編があれば、このあたりをもう少し丁寧に書いてほしいです。今回は解くべき謎もなく、強いて言えば現金しか狙わない掏摸団がなぜテレフォンカードを盗んだのか、という点でしょうか。今回はミステリ味が薄いだけに、人間関係の描写にもっと気を遣ってほしかったという思いをいっそう強くしたのでした。
 

「銃の細道」(3)小林宏
 今回はセミ・オート。初めからサイレンサーが取り付けられるように設計されている「ヘッケラー&コックUSP」。手動でスライドを引くのは初弾を薬室に入れるときだけ。といった興味深い知識が。

「ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション」(7)川出正樹
 番町書房〈イフ・ノベルズ〉という、古典からサスペンスから冒険小説からノベライゼーションまで、ごった煮の叢書について。

「書評など」
 大山誠一郎『密室蒐集家』は、麻耶雄嵩推薦となると俄然気になって来ました。ほかには七河迦南『空耳の森』、小島正樹『祟り火の一族』、山川方夫『歪んだ窓』等。

「レイコの部屋」
 今回はイラストレーター・鈴木康士氏。

 


防犯カメラ