『街の灯』北村薫(文春文庫)★★★☆☆

 単行本で読んでいるのですが、あまり好きではなかったのでそのまま放っておいたものを、シリーズも三作が文庫化されたのを機に、第一作から再読してみました。

「虚栄の市」★★★☆☆
 ――《奇怪、自らを埋葬せる男》という事件があった。「木かげの目立たぬところに穴が掘ってあって、中に男の死体が入っていたんですって」「そうしますと、誰かが埋めようとして、途中で逃げたわけですか」「そこが不思議なの。その男は出かける前に、下宿のおばさんに鍬を貸してくれって頼んだんですって」

 士族の令嬢・花村英子のところで働くことになった運転手は、別宮みつ子という女性でした。折りしもサッカレー『虚栄の市』を読んで奔放な主人公ベッキー・シャープに感銘を受けていた英子は、別宮のことを「ベッキーさん」と呼んで慕い始めます。もともと聡明で個性的な父に育てられているうえに、独特の考え方と知性を持ったベッキーさんとの会話を通して、英子はさまざまなことを学んでゆきます……。

 円紫さんものの「私」の場合はもともとブンガク少女という設定なので気にならないのですが、英子とベッキーさんの場合はちょっとペダントリーや賢しらさが鼻につくところもありました。(少なくとも推理小説的には)少しずつ成長していくわけではないのです。嫌味じゃないところが嫌味な名探偵、といったところでしょうか。ある著名作がモチーフに使われていました。

 

「銀座八丁」★★★☆☆
 ――「今、学校で流行っているの。二人の間で、同じ本をこれと決めて、何ページ何行目何番目と、数字を並べた暗号文を渡す。同じ本を持っている方なら、開いてみれば字がわかる」「ほう」「それで、その荷物はどうしたの」「お前の暗号の話を友人に話したら、俺が暗号を作るから解いてみろ、と言って来たんだ」

 日常の謎ものです。鍵がなければどうとでも解釈できかねないというのが暗号小説の欠点でもありますが、むしろ身近な謎だからこそ身近なところに鍵があって解けることもあるわけです。見聞きした情報から鍵を見つける取捨選択の能力こそは名探偵といっていいでしょう。「虚栄の市」では剣の腕を見せたベッキーさんが、さらなる腕前を披露します。

 

「街の灯」★★★☆☆
 ――軽井沢の別荘で開かれた映写会。豹太氏の撮影した子牛のフィルムが映っている。そこで画面が変わって、子牛の顔はとぐろを巻く蛇の群れに変じた。わたしは我知らず悲鳴を上げていた。道子さんが膝をつき、椅子の主を揺さぶっている。叔父がたずねた。「息はありますか?」「さ、さあ、それが……」

 トリッキーな犯罪小説です。チャップリン『街の灯』が――というか、『街の灯』をはじめとする一部の映画に関わるある事実が――伏線になっていて、これが時代にも即応していました。

 


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