『武悪のひとへ 水原紫苑歌集』水原紫苑(本阿弥書店)

 狂言師・山本則直への挽歌集。能や狂言には詳しくないので腰を引き気味に手に取りましたが、ストレートな悲しみがぶつかってくるような歌が多く、専門知識がなくともどうにか読むことはできました。ストレートなだけに、「死なんとぞ」「死を恋ふ」という言葉にどきりとします。

 ・春より夏へ
 

「君まさぬ能楽堂に月入りぬ月は契れるものならなくに」

 「まさぬ」とは「『坐す/(い)ます』+完了の『ぬ』」。「約束したわけでもないのに、月は今でもあなたのいた能楽堂に……」移りゆく事物や人の命を、変わらない自然と対比させた作品。こうした対比は和歌では定番中の定番の型と言ってよく、型をなりわいにしている狂言師へのオマージュだと考えるのは穿ちすぎか。
 

「終はりなき狂言ありや終はりなきいのちのごとく水のごとくに」

 漠然とですが、この「水」とは川の流れなのでしょう。有史より流れ続ける水のように、終わりなきあるだろうか――。
 

「黒翁の面《おもて》外ししそのときゆ銀河に向かひきみは歩みき」

 ここで「銀河」が出てくるのが水原紫苑です。天や空や星や天国を単に言いかえただけではありません。まるで宇宙旅行にでも行っているように「どこか」で生きていることがリアルに迫ってくるとともに、何光年もの果てしない(けれど現実的な)雄大なスケール。
 

「紫をきみも愛すと知りたるは十年《ととせ》に余る恋の果てなり」

 これは挽歌だと思わなければ、普通の恋の歌ですね。普通の恋にしては十年は長すぎますが。それだけに悼む思いも十倍の深さがあります。亡くなったのが十年目だった――などということはさすがにない、のでしょうね。それではあまりにドラマチックすぎます。
 

「母散りし桜の季《とき》を越えにしに秘めたる花ときみは逝きしか」

 前作『さくらさねさし』は春日井建と母に捧げる挽歌集でした。そして今回は、「秘すれば花」の能楽師を亡くしてしまいました。
 

「きみ生きてわれ死にし鏡の内を見よ夏にふるゆきははそはの母」
 

「わが居らねば歌舞伎かと問ふ君なりき歌舞伎は常世のははと知りつつ」

 鏡のなかはあべこべの異界。死者と生者が逆転し、夏に雪が降る――まではわかるのですが、結句の「ははそはの母」がわかりませんでした。死んだ母が鏡のなかで生きているのか、あるいは次の歌のように、譬喩としての母なのか――と思って調べてみると。「ははそは」とは「コナラ」のこと。おそらく「ははそはの」という枕詞に、落葉樹なのに秋に落葉しないというあべこべの事実をも込めているには違いありません。「音」による枕詞の「意味」を採った技法が鮮烈な印象を残します。そうなってくるとこの歌からは「きみ」よりも「母」の方を強く感じます。死してなお留まっている母への思い。
 

「月の面に松のあらぬをかなしめりわが前に松のするどき気《き》あり」

 月と松という定番の組み合わせに、おそらくは能楽堂の鏡板の松を重ねているのでしょう。これだけ松の気配がぴりぴりとみなぎっているのに、松など現実にはまったく存在しない景色を詠っているというのにも驚きです。

 ・秋
 

「ゆるされて木下《こした》にしばし憩へるはこの世かの世のいづれか君と」

 この歌集には、単なる挽歌というのを越えて、激しい恋心のような歌が散見されるのですが、そのあまりの激しさにどきっとするほどです。
 

「炭酸水ふふめば過去に霧立ちてわが知らぬわれ君を打つかも」

 ここでいう炭酸水というのはビールでしょうか。悲しみを酒にまぎらして、記憶に霞がかかり出しているのかもしれません。喪失の悲しさに加えて、秋の夜の独り身の寂しさすら潜んでいるようです。

 ・冬より春へ
 

「草の海きみ迷ひなく訪《と》ひ来ませひとを慕へる草々《くさぐさ》あれど」
 

「枯れ草と見ゆるも伸びて穂にいづる思ひの深さわれとあらそふ」

 春の訪れとともに芽吹く草を、猛る思いになぞらえながら、その草が草むらとなって慕うようにからみついて死者を道に迷わせるな、とも詠むところに、アンビヴァレントな気持を感じます。
 

「しらほねの雪降り来たる夜のあらば一身に受け寝《いね》ずありなむ」

 しらほねの雪(白木の雪)とは何ぞや、と思いましたが、どうやらしらほねの扇を用いる狂言があるようです。しらほねの雪とはすなわち白い雪にほかならず、つまりは「雪」。白い雪を「しらほねの」と表現したところに。
 

狂言に生きたる君のひたおもて中将の面かけくちづけなむを」
 

「帰りたるきみのあかしよいちめんの河津桜のこゑいだすはな」
 

「紺青の似合ふひとなりかの世にても紺青を召せ生けるがごとく」
 

「楽屋よりあらはれしとき運命の来しと思へり君は知らずも」

 これほど瑞々しい恋の歌が、挽歌集の最後から二首目にあるという事実に、著者が失ったものの大きさを感じずにはいられません。

  


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