『冷たい方程式』伊藤典夫編訳(ハヤカワ文庫SF)★★★☆☆

 同題アンソロジーの改訂新版というよりは、まったく別のアンソロジーです。旧版とかぶっているのは二篇だけ。

 入門書と銘打っておきながら、著者や作品についてのデータや、作品解説・解題が一切ありません。営業的なことを考えたら副題に「SFマガジン・ベスト」云々と入れておく方が長く売るには向いていると思うのですが、それもなく、入門書として売る気はゼロのようです。
 

「徘徊許可証」ロバート・シェクリイ(Skulking Permit,Robert Shekley)★★★☆☆
 ――連絡が途絶えてから二百年ぶりに、地球から植民星に連絡が届いた。二週間後に地球帝国から視察にゆく。ついては禁止になっているものが見つかれば異星人と見なす――。星の住民たちが昔の本を引っぱり出してみたところ、地球には犯罪というものがあるらしい……。

 異文化間のギャップを扱った、コメディとしては定番のコメディです。地球らしく見せるために犯罪を起こしてくれ、と市長から頼まれたトムは、いかがわしい場所を徘徊する許可証を得ます。これがもちろんタイトルの由来なのですが、犯罪どころかそれ以前の段階からスタートしているところに可笑しみを感じました。
 

「ランデブー」ジョン・クリストファーRendezvous,John Christopher)★★★★☆
 ――ヘレンの溺死という事情を汲んで、会社はわたしに休暇を取らせた。その帰り、船上でシンシアという老婦人と知り合った。「飛行機には乗らないことにしてるの」「どうして?」「こわいから」……五十年近く前、恋人のトニーから祖母に起こった話を聞かされた。祖母はジプシーの青年と恋に落ち、夫の公爵の怒りに触れて青年は殺された。だが同時に……。

 見覚えのある名前だと思ったら、『トリポッド』の著者でした。怪談ではありますが不条理ではなく筋が通っており主人公の思考方法も論理的(?)であるという点ではSF短篇集に入っていても何ら違和感はありませんでした。
 

「ふるさと遠く」ウォルター・S・テヴィス(Far From Home,Walter S. Tevis)★★★★☆
 ――管理人が、奇蹟をうすうすと意識したきっかけは、そのにおいだった。それは、海のにおい――大きな海草の生いしげる、みどりの塩水をたたえたあの海原のにおいだった。こんな砂漠の町の、朝の市営プールの更衣室で――。プールのなかにいるのは、たしかに鯨だった。

 ちょうど読んでいた最中の、ショーン・タン『遠い町から来た話』とイメージがぴったりかぶったので、まるでイラスト入りの作品を読んでいるようでした。ジュゴンがつぶした芝生や潜水夫のフジツボのように、海のにおいや鯨の腹のフジツボが目に浮かぶようです。
 

「信念」アイザック・アシモフ(Belief,Isac Asimov)★★★★☆
 ――「夢じゃないんだ。ジェーン、ぼくが浮きあがることができることを証明しよう」「信じてるわよ」「嘘をつけ。よく見て」彼はなんの予告もなくいきなり床の上に浮かんだ。「いったん眠ったら、いったん意識して体をとめておくのをやめたら、ふわっと浮いてしまう」「なぜかしら。たいへんな力がいるはずなのに」

 客観的に観察・証明できない現象(空中浮揚)をどうやって科学者に認めさせるか――設問の設定自体がさすが科学者らしい一篇です。
 

「冷たい方程式」トム・ゴドウィン(The Cold Equatation,Tom Godwin)★★☆☆☆
 ――ただ一人の乗員を目的地に届ける片道分の燃料しか積んでいない緊急発進艇に密航者がいたら、パイロットのすべきことはただひとつ――船外遺棄だ! だがそれが美しい娘で、しかもたった一人の兄会いたさに密航したのだとしたら、あなたならどうする?(カバー裏あらすじより)

 究極の選択ものにも似た、ある状況を支配する「冷たい方程式」の話なのですが、以前に読んだときにも、世評ほどにはピンと来ませんでした。本来ならアイデア・ストーリーにするような話を、力こぶを入れたシリアスな物語にしてしまった感があります。
 

「みにくい妹」ジャン・ストラザー(Ugly Sisters,Jan Sturuther)★★☆☆☆
 ――あのりりしい、ユーモアに富んだ、愛すべき姉が、意地悪な、かんしゃく持ちのかたき役として歴史に刻まれるのは、妹のわたくしには耐えられないことなのでございます。母が再婚するまで、わたくしたちの暮らしはそれはしあわせなものでございました。

 下の姉の口から語られる、シンデレラ物語の真実――というよくあるタイプの話です。老女になった語り手が語る、というのがミソですね。だからこそ、「死以上の平等主義者」というオチにつながります。
 

「オッディとイド」アルフレッド・ベスター(Oddy and Id,Alfled Bester)★★★☆☆
 ――これはモンスターの物語である。オッディは這いはいし、探検した。三階の窓から転落したとき、下には草をいっぱいに積んだ機械庭師のホッパーがあった。フィーバス猫をからかったときには、猫はオッディに噛みつこうとして足をすべらした。

 望むものをすべて手に入れられる能力を持った人間がその能力を有意義に使えば、世界は平和になるはず――というのは理想でしかありませんでした。理想を目指した科学者たちが我知らず独裁者を作りあげてしまうユーモアSF。
 

「危険! 幼児逃亡中」C・L・コットレル(Danger! Child at Large,C. L. Cottrell)★★★★☆
 ――その爆弾騒ぎは、住民を避難させるための方便だった。実際には、危険な超能力を持った少女が逃げ出したのだ。バティン大佐が用心深く建物にはいった。ゴードン記者はこわれた店内をうかがった。プランは青ざめた顔で立っている。闇をぬけて「何か」がコンクリートの上にズシンと落ちた。

 間の抜けた邦題ですが、制御を失った超能力者の少女がが周りを恐怖のどん底に陥れるパニック・ホラー。恐慌を来した少女自体はもはやコミュニケーション不能の怪物のような存在といってもよく、少女らしい場面は、テレパスの男性を通してゴードン記者が少女の心を垣間見る、という形で描かれます。いわば直接心に触れるようなものなのですが、かえって伝わって来なかった。
 

「ハウ=2」クリフォード・D・シマック(How-2,Clifford D. Simak)★★★☆☆
 ――ゴードン・ナイトはハウ=2社に組み立て式の犬を注文したが、届いたのは高価なロボットだった。知らんぷりをしてロボットを組み立て、アルバートと名づけたが、アルバートは勝手にロボットを作り始めた。ロボットがロボットを作るのは禁止されているのではなかったのか?

 たかがコメディとはいえ、裁判が正しくおこなわれている、という前提あってのストーリーであり、三権分立とは名ばかりの日本では決して書かれないであろう作品……というのはちと大げさに過ぎますが、ピンと来ないことは確かでした。

  


防犯カメラ