『小説新潮』2013年9月号【特集 幻視者の系譜】

「食書」小田雅久仁 ★★★★☆
 ――書店の横の便所の戸を開けると、女が便器の蓋を下ろし、その上に腰かけていた。本を読んでいるわけではない。女はそのページを破り取り、わしゃわしゃと丸めはじめたかと思うと、口に押しこみ咀嚼する様子だ。

 本を食べて本の世界へ。やがて現実への浸食。よくある異世界との往還です――魅入られるのが悪夢のような世界であることを除けば。そんな気持の悪い世界へすらも、現実から逃避したがっていたのだと気づかされるラストが痛い。
 

「くさびらのあつもの」勝山海百合 ★★★★☆
 ――ときの宰相・許礪《きょれい》の病には、白山人参と珍芝が効果があることがわかった。だが珍芝が産するという安等山の麓のむらは、山崩れが落ちて埋もれ、それきり絶えている。地元の少年・毒蛇《どくじゃ》は言った。「山では熊と虎が一番強い。しかし一番怖ろしいのはモノカゲだ」

 中国もの――二つの短篇を「きのこ」で接ぎ木したかのような理屈無用な感じこそ大陸ふうであるものの、これまでのような志怪小説とはちょっと違いました。むしろこのモノカゲという怪は、日本の怪談に出てくる怪異のようです。ここまで「幻視」篇。
 

「一条☆方違えストリート」日野俊太郎 ★★☆☆☆
 ――一条通で道に迷ったら二〇六〇年だった。
 ここからジャンルファンタジー篇。

「求愛の音色」関俊介 ★★☆☆☆
 ――俺たちは十五年のサナギ期間を終えて羽化した。性殖行為をして子を作るために女の子に歌を歌った。
 

「茅野のユウウツ かおばな憑依帖」三國青葉 ★★☆☆☆
 ――柳生十兵衛の傍系の曾孫・茅野は、猫又のタマに惚れられた。
 

「口座開設の彼」日明恩 ★★★★☆
 ――出納係の石川さんの話だ。保険証で口座を開設しようとした男の名前に見覚えがあった。息子の同級生が描いた父の日の絵。だがその男には、絵には描かれていた特徴的な大きなほくろがなかった。

 ここからは「Fantasy & Mystery」のミステリー篇。チキチョウ部シリーズ。人の顔を見分けるという銀行員ならではのミステリ――ではなく、ジャニオタならではの才能という変化球が面白い一篇。違和感の元が、子どもの描いた似顔絵、であるために即警察とはならず、チキチョウ部の出番となるところが。
 

「旧友」麻耶雄嵩 ★★★★☆
 ――叔父さんの友達・柳ヶ瀬伸司は、大阪に就職したあと、株で大儲けして帰郷したが、戌神を祀ってある祠を失火してしまったために、元の地主に脅されていたという。

 叔父さんシリーズ。パターンからして犯人はあの人しかいないわけで、ではどのように不可能犯罪が為されたか――というのが肝ではないどころかこのシリーズらしいところです。「被害者かと思われていた人物が犯人で、そこに第三者や偶然が介在したために事件が複雑になる」という型の作例です。
 

「第25回日本ファンタジーノベル大賞

『今年の贈り物(抄)』古谷田奈月 ★★★★☆
 ――彼は歴史小説家であった。娘は四歳にして読書家だったが、彼の書く硬質な歴史小説は小さな女の子にはどうしても読めない。何か物語を書いてほしい。娘はサンタクロースに依頼した。

 大賞受賞作。このあと歴史小説家の書いた童話が挿入され、その話に夢中になった娘が作品世界に入り込むが……という内容。あたかも作中の歴史小説家のごとく、硬質で理屈っぽい文体が魅力です。
 

『きのこ村の女英雄(抄)』鈴木伸 ★☆☆☆☆
 ――イェンは小さいころから活発すぎた。物心ついたときから、村の女のように大人しく家を守ることを(なにやら不自然だ)と感じていた。

 こんな説明的な文章のドファンタジー
 

 


防犯カメラ