『リシャール大尉』アレクサンドル・デュマ/乾野実歩訳(グーテンベルク21)★★★☆☆

 『Le Capitaine Richard』Alexandre Dumas,1858年。

 電子書籍販売サイト『グーテンベルク21』に有志の方が翻訳を提供されたもので、現在のところ紙媒体はありません。

 ナポレオンの許で再会を果たしたポールとルイのリシャール兄弟は、運命にもてあそばれるように、それぞれの人生を歩んでゆくのであった……。ナポレオン暗殺や帝政転覆を企む秘密結社にスパイとして潜入したポールだったが、折悪しく軍隊の手入れが始まり、捕まってしまう。

 やがてナポレオンの暗殺を企てた結社の同志が拘束、処刑されることになった。リシャールのことを勇敢な同志だと信じる犯人は、故郷の恋人のことを託すのであった。

 常勝のナポレオンの攻撃にも、ロシアは落ちなかった。極寒のなかの退却で命を落とす者たち……。またも再会を果たしたリシャール兄弟だったが、銃弾がポールを襲い……。ルイに降りかかる運命のいたずら……。

 本書にはこれまで読んできたデュマ作品には見られない特徴がありました。それは戦闘シーンです。良くも悪くも登場人物の視点に沿って臨場感溢れる「個人」の物語を紡ぐのを得意としてきたデュマですが、本書で描かれる戦闘シーンは大局的な視点に立ったものでした。ナポレオン軍のなかのリシャール大尉がどのような活躍を見せたかではなく、ナポレオン軍がどう動いたか、に筆が割かれた本書は、(少なくとも前半は)デュマ作品のなかではもっとも歴史小説らしい歴史小説かもしれません。

 エピローグに当たる部分で、兄の遺志を継いだルイがドイツに赴いてからが牧歌的で浮いている、とデュマ自身が評する場面があります。ロマンチックすぎるという批判に対して現実を元にしているんだとあらかじめ予防線を張っているわけですが、ここで取り上げられている場面にかぎらず、どの場面も隣り合った場面とは浮いている、接ぎ木細工のような印象を受ける作品でした。

 本書はデュマ作品のなかでは短い方なのですが、短いなかで、独立したエピソードを平行して最後に収斂させるような書き方をしたために、そういう書き方が活かされずに終わってしまったようなところがありました。

 リシャール中尉(後大尉)自体あまり出番が多くないうえに、当初は兄弟である必然性が感じられなかったのですが、後半になってようやく、双子の取り違えによる喜劇ならぬ双子の悲劇が起こりかけ、デュマらしいドラマになりました。

 → グーテンベルク21 で電子版が読めます。


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