「ヘベはジャリを殺す」ブライアン・エヴンソン(Hébé kills Jarry,Brian Evenson,1994)
――ジャリのまぶたを縫いあわせてしまうと、ヘベはどうしていいのかわからなくなった。
一発目からリアルにグロい。感情のない人たちなのに、殺すことに対する快感と、殺されることに対する拒絶が、じっとり伝わってきます。
「チャメトラ」ルイス・アルベルト・ウレア(Chametla,Luis Alberto Urrea,2010)
――チャメトラの戦いで発射された銃弾は、一兵卒ゲレロの後頭部に命中した。ガルシアが包帯を取ると、傷口から……。
死を迎えるに当たって走馬燈からあふれてきてしまった思い出たち。笑えばいいのか吐き気を催せばいいのか。
「あざ」アンナ・カヴァン(The Birthmark,Anna Kavan,1940)
――あたしは十四のとき、寄宿学校でHという女生徒と知り合いになった。奇妙な影が、Hのやることすべてに翳りを落としていた。
お伽噺のような因縁と、博物館の見学という身近な現実が、一足飛びにくっつく異様さにどっと冷や汗が出ます。昏く美しい幻想譚にはなりきれずに生々しくおぞましい都市伝説が顔を出します。
「来訪者」ジュディ・バドニッツ(Visitors,Judy Budnitz,2005)
――「メレディス? もしもし……」「ママ、今どこなの?」「家を出るのが遅れちゃったのよ。ほら、お父さんがああなもんだから」
恋人との会話、そして電話越しの母親との会話から成る、はじめからどこかずれている会話が、時間を経るにつれどんどん日常から離れてゆくのは、まさに安心とは対極にある不気味さ。自分が熊に食われるのを携帯で母親に実況しながら死んだというニュースを思い出しました。
「どう眠った?」ポール・グレノン(How Did You Sleep?,Paul Glennon,2000)
――どう眠った? スコットランドの狩猟小屋のように眠ったよ。丸太の? いや、灰色がかった自然石。でも、あの鹿の剥製についてはどう思った? あんがい悪くなかったよ。
建築物にたとえられた夢は、わかるようでわからない、わからないようでわかるような。
「父、まばたきもせず」ブライアン・エヴンソン(The Father, Unblinking,Brian Evenson,1994)
――男はその日、自分の娘が死んでいるのを見つけた。「鋤、見なかったか」「クエイドに貸したじゃない。それよりうちのお嬢、見なかった?」「見ていない」
この著者の作品に出て来る人たちの無関心はほんとうに気味が悪い。いっそ異常者であってくれたら却ってほっとできるのに、とさえ思ってしまいます。
「分身」リッキー・デュコーネイ(The Double,Rikki Ducornet,1994)
――ブルームガーデン夫人は目を覚ますと、寝ているあいだに自分の両足が取れてしまっていることに気づいた。
気味悪がる旦那さんに対して、当たり前のような反応を見せる妻。作品から受ける印象こそユーモラスですが、意味の不明さとズレた感覚ではほかの収録作にも引けを取りません。
「潜水夫 ダイバー」ルイス・ロビンソン(The Diver,Lewis Robinson,2003)
――「ちょっとすいません。船が動かなくなっちゃったんですよ。スクリューに綱がからまって」「潜水夫がいるな。俺がやってやるよ。日曜以外は」
二人とも嫌なやつですが実は二人とも嫌味なわけではなく、フツーのインドア派とアウトドア派の特徴を誇張しただけのようにも見えます。そういう意味ではあるあるネタです。
「やあ! やってるかい!」ジョイス・キャロル・オーツ(Hi, Howya Doin!,Joyce Carol Oates,2007)
――そのハンサムでマッチョな男は、消火栓のようにがっしりした体躯、そこに一人の女性ジョガーが向こうからやってくる、やあ! やってるかい! どやしつけるように高らかに響くフレンドリーな叫び。
これも「潜水夫」と同じく鬱陶しいアウトドア派が登場しますが、この作品が面白いのは、殺される人間のことしか書かれていないのに、殺す人間の心理がはっきりとわかってしまうところでした。
「ささやき」レイ・ヴクサヴィッチ(Whisper,Ray Vukcevich,2001)
――「あなたのイビキにはうんざり」と言われた俺は、寝ているところを録音してみることにした。突然テープから「しぃぃぃっ」という女の声が聞こえた。
本書のなかでは珍しく、はっきりとしたホラー傾向の強い作品です。
「ケーキ」ステイシー・レヴィーン(Cakes,Stacey Levine,1993)
――わたしは丸々となりたかった。もうじきケーキを食べて、丸々となりはじめる。ところが窓の外を見ると、何かが見えた。猫と犬がいた。
どこからつっこめばいいのかわからないほど、奇妙なポイントが多すぎて、感覚が麻痺してしまいます。「二人」という言葉が用いられているのが怖い。
「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」ケン・カルファス(The Joy and Melancholy Baseball Trivia Quiz,Ken Kalfus,1998)
――連続してストライクゾーンをはずした最多記録をもつ投手は誰? ボストン・ブレーブスのレッド・ボーモント投手。二十七連続続けてボールを出した。
柴田元幸編『どこにもない国』に「見えないショッピング・モール」が収録されている人。同じような話。こういうスタイルの話を書く人なのでしょう。
※[漫画]『名無しはいったい誰でしょう?』(1)『バベルの図書館』『宝石の国』(2)『螺旋のドギー』(2)読了。