『When Captain Flint Was Still A Good Man』Nick Dybek,2012年。
個人的にはこれまでの新生ポケミスのなかで一番のヒット。ガチガチのミステリではなく、肌合いとしては強いて言えば『卵をめぐる』に近い作品です。
印象的なタイトルは、『宝島』の続きをねだる幼い頃の語り手に、父親が「昔々フリント船長がまだいい人だったころ……」とオリジナルの前日譚を語って聞かせたことに由来します。
そしてそれはこの作品を通じて、人は変われるのか、変わってしまうのか――というテーマとして響くことになります。
二十八歳の語り手が十四歳のころを回想するという形で綴られた本書は、基本的には上記『宝島』のエピソードのような、印象的な小さなエピソードの積み重ねから成ります。一年の半分を漁に出て過ごす父親、父親のいないときに母が見せる独身時代の顔、船会社一族の創設者にまつわる伝説、友人の父親とした野球、友人が好きな女の子に言った赦されない言葉、陰鬱な音楽に合わせて踊る母と語り手のダンス、そして作品全体を通じて流れている音楽、レコード。
片田舎で過ごす日々は、高齢だった船会社の社長が亡くなり、漁には興味のない息子が跡を継ぐことになってから、大きく変わってしまいます。
十四歳が背負うには大きすぎる現実。それでも中盤から終盤に差し掛かるまではモラトリアムでいられました。先に進まなくてはならないとき、語り手が選んだのは……。
著者はスチュアート・ダイベックの息子さんだそうです。
アメリカ北西部の海辺の町ロイヤルティ・アイランドでは、男たちは秋から半年ものあいだ厳寒のアラスカで漁に励み、妻たちは孤独に耐えながら夫の帰宅を待つ。十四歳の少年カルは、いつか父とともにアラスカに行くことを夢見ていた。しかしある日、漁船団のオーナーが急死し、町の平穏は崩れ去る。跡継ぎのリチャードが事業を外国に売りはらうと宣言し、住人との対立を深めたのだ。その騒動のなかでカルは、大人たちが町を守るために手を染めたある犯罪の存在に気づく。青春の光と影を描き切った鮮烈なデビュー作。(裏表紙あらすじより)