「アン夫人の寡黙」(The Reticence of Lady Anne)★★★★☆
――エグバートは昼食のときの夫婦喧嘩の続きを始めた。妻はまだご機嫌ななめかもしれない。「あれは一般論としての話なのさ。それおまえ、個人的に取ったらしいな」アン夫人はやはり沈黙の防壁を崩さない。
小説の約束事を利用した好篇。嘘は書いていない、というか、小説とは最初から最後まで嘘ばかりであるともいえます。
「ある死刑囚の告白」(The Lost Sanjak)★★★★☆
――死刑囚が教誨師に言った。「わたしに専門知識があれば死刑にならずにすんだのです。恋をした人妻にふられた帰り、救世軍大尉の死体に出くわしました……」
自分が自分であることを証明できない悲哀を、悪意とユーモアたっぷりに描き出します。確かに「ノヴィ・パザル」と書かれると、酒場の名前か何かみたいにも聞こえますが……。
「女性は買物をするか」(The Sex That Doesn't Shop)★★★★☆
――女性は買物という言葉の実際的な意味において果たして買物をするだろうか? たとえば知り合いの女性から「あの本はどこで買えますか」と問い合わせがくる。「本屋へ頼んでごらんなさい」と返事を出すと、数日後、「叔母から拝借いたしました」とくる。
悪意と諷刺というよりも、いま読むとあるあるネタに近いところもあります。
「ガブリエル‐アーネスト」(Gabriel-Ernest)★★★★☆
――「君のお宅の森には野獣が一匹いるね」と画家のカニンガムが言った。ヴァン・チールはその日、地所の森で変わったものを見かけた。十六歳くらいの男の子が裸で濡れた体を乾かしている。「何してるんだ?」「ここに住んでんだよ」
狼少女(野生児)と狼男をつなぎ合わせた、ありそうでなかった狼もの。肉を食べるというのが生々しい。
「猟の獲物」(The Bag)★★★★☆
――狩猟クラブの会長パラビー大佐は短気で有名だったため、会員もへるしかんじんのキツネも少なくなった。数少ない参加者であるロシア人の青年がキツツキを撃てばバカにした。だがある日猟から戻ったロシヤ人の買物袋から茶色い尻尾が――。まさか大佐が仕留めようとしていたキツネを……。
言葉が何となくしか通じないために起こる勘違いとすれ違いのコメディ。大佐の大げさすぎる反応にケラケラ笑いました。
「ハツカネズミ」(The Mouse)★★★★☆
――セオドリク・ヴォーラーはハツカネズミが苦手だった。列車が動き出すと、車室には女性と二人きりではないことに気づいた。服の下にハツカネズミがもぐりこんでいるらしい。そこで膝がけ毛布を仕切り代わりにして、服を脱ごうと……。
オチがどうこうよりもその過程におけるドリフやミスター・ビーンに通ずるような映像的な笑いが楽しい一篇でした。
「エズミ」(Esmé)★★★★☆
――狩りの途中で道からはぐれてハイエナにつきまとわれた二人の女性は、ハイエナをエズミと名づけて帰途についた。途中で出会ったジプシーの子どもが悲鳴をあげているので、見るとエズミがくわえている……。
天然ご婦人のブラックユーモアもここまでくると狂気に近い。
「結婚媒介人」(The Match-Maker)★★★★☆
――母が結婚しようかと考えてるんだ。はじめてのことさ。結婚したことは一度や二度あるだろうが、これまでは考えもしないで結婚していたんだ。実はね、夜更かしは体に悪いとうるさく言いだしたんで、ぼくが母の代わりに考えてやったんだがね……。
未婚の母……ではないんですね。こんな調子で語り手は歳も取りません。
「トバモリー」(Tobermory)★★★★☆
――ミスター・アピンは動物に言葉を教え込むことに成功した。そこでウィルフリッド卿の飼い猫に話をさせたところ……。
もし動物が――それも神出鬼没の猫が人語を解したら……。猫や狐といった、何となく一癖ありそうな動物だからこその説得力がありました。最後のオチも、温和な象だからこそですね。
「ミセス・パクルタイドの撃ったトラ」(Mrs. Packletide's Tiger)★★★★☆
――トラを仕とめるのがミセス・パクルタイドの念願であった。ミセス・パクルタイドにトラを撃たせてくれた者には一千ルピー出す、と触れ回ると、病気のトラが連れてこられた。
コントのようなトラ退治に、人生の皮肉ふうのオチ。ミスマッチしかねない二種類のネタが組み合わされていました。
「バスタブル夫人の遁走」(The Stampeding of Lady Bastable)★★★★☆
――バスタブル夫人は嫌々ながらもクローヴィスの世話を引き受けてしまった。夫人が新聞を読んでいるのを見て、クローヴィスの頭にいたずらのヒントがおとずれた……。
「スレドニ・ヴァシュタール」や「開いた窓」のような残酷さが目を惹くサキだけれど、これは残酷さに加えておバカ度が違います。
「名画の背景」(The Background)★★★☆☆
――アンリ・デプリが名のある刺青師に彫らせた「イカルスの墜落」は、生前最後の作品ということもあり、貴重な美術品として扱われることになった。
刺青といえば有名な標本がありますから、ここに描かれていることはデフォルメされているとは言え、あながちパロディとも言い切れないような気もします。
「ハーマン癇癪王」(Hermann the Irascible: A Story of the Great Weep)★★★★☆
――ハーマン癇癪王は別名聡明王とも言った。婦人参政権運動の高まりを受け、女性による投票を義務化する法案を通した。
権利を求められているのに義務で返すところだけでもしたたかな悪意を感じますが、最終的に女の武器である「涙」を引き出しておいて譲歩するあたりはほんとうに腹黒い王様です。
「反安静療法」(The Unrest-Cure)★★★★☆
――「いつも決まったとおりじゃないと落ち着かない。そのくせそんなふうに老け込みたくない」「反安静療法をおこなうべきだな」鉄道の車内でそんな会話を耳にしたクローヴィスは、主教の秘書になりすまして話し手の家を訪れた……。
サキお得意の悪意のある悪戯ですが、本篇の場合は悪戯される本人がそれを望んでいる(というと語弊がありますが)ところに新味があります。
「スレドニ・ヴァシュター」(Sredni Vashtar)★★★★☆
――医者の見立てではあと五年の命のコンラディンは、従姉で後見人の不愉快なミセス・デ・ロプを空想の世界から締め出し、物置に仲よしの幻影を住まわせていた。だが血の通った同居者もいた。メンドリとイタチである。
創元の『怪奇小説傑作集』で読んだものの再読です。翻訳にかぎらず最初に触れたバージョンに愛着が湧くものですが、本篇の場合はそれを差し引いても「讃美歌」の出来があまりにも違いすぎました。
「名曲『花かずら』」(The Chaplet)★★★★☆
――グランド・シバリス・ホテルの特別晩餐会のことだ。シェフのソークールが腕によりをかけて完成度を達成した料理を提供する晩なのだ。そのとき、オーケストラが名曲「花かずら」の演奏を始めた……。
全体的に鹿爪らしい顔でくだらなくて馬鹿馬鹿しいことを書いているのが猛烈におかしいのですが、なかんずく結びの段落の真顔でとぼけた調子にはにやにやしっぱなしでした。
「ラティスラヴ」(Wratislav)★★★★☆
――伯爵夫人は息子のラディスラヴを男爵夫人の娘エルザと引き合わせることにした。「エルザをあのろくでなしと結婚させるですって?」「乞食はえり好みするもんじゃない、っていうじゃない?」
伯爵夫人と男爵夫人による漫才のような応酬が楽しい一篇。「少しぐらい不仕合わせだって構わないじゃないの? その方がエルザの髪形によく似合ってよ」という台詞にいちばん笑わせてもらいました。
「イースターの卵」(The Easter Egg)★★★★☆
――息子であるレスターが臆病者なのが、バーバラ夫人の悩みの種だった。イースターの日、大公殿下を歓迎するに当たり、子どもに天使の恰好をさせ、イースターの卵を贈ることになった。
皮肉というか悪意というか、最後に見た光景がプラスかマイナスかの究極の選択で、しかもそれが同じ景色の表と裏だというのが、何とも人を食ってます。まあ思い出ならいい思い出の方がよいに決まってますよね。。。
「乳しぼり場へ行く道」(The Way to the Dairy)
「やすらぎの里モーズル・バートン」(The Peace of Mowsle Barton)
「クローヴィスの弁舌」(The Talking-Out of Tarrington)★★★★☆
――苦手な人物から逃げ出した伯母に代わって相手をすることになったクローヴィスは、口八丁で他人のふりをつらぬく。
クローヴィスは吉四六さんや熊さん八つぁん的なサキのレギュラーキャラクターで、本篇の後半は強引に押し切ってしまうものの、フクロウに名前をつけるからもう忘れません、という切り返しなどは嫌味が効いていてニヤニヤしてしまいました。
「運命の猟犬」(The Hounds of Fate)★★★★☆
――ストウナーが一夜の宿を請うた家の老人は、ストウナーのことを「トムさま」と呼んで懐かしがった。どうやら嫌われ者のその家の息子に間違われたらしい……。
ひどく下世話な桃源郷譚も、最初と最後がきちんとつながる、お手本のような構成で幕を閉じました。
「讃歌」(The Recessional)★★★★☆
――詩人になると言いだしたクローヴィス。「ヒマラヤのわが家に、カッチ・ビハーの象どもは疲れ蒼ざめ……」「ヒマラヤとカッチ・ビハーは近所じゃないぞ」「アスコット産の馬だってイギリスにいるじゃないか」
これまでのクローヴィスにバーティというツッコミ役が加わったことで、ボケの切れが増しました。「何だか大がかりな宝石泥棒の記事みたいに聞こえるね」等といった軽妙なツッコミが面白さを際立たせています。
「セプティマス・ブロープの秘密な罪悪」(The Secret Sin of Septimus Brope)★★★☆☆
――真面目だと信じていた教会月報の主筆が「ぼく、君を愛してるよ、フロリー」と言うのを聞いて、クローヴィスの伯母は耳を疑った。
伯母の話相手の「歌の文句でも繰り返してたんじゃありませんの?」という一言が微妙に的を射ているため、オチの意外性は感じられない作品です。
「グロウビー・リングトンの変貌」(The Remoulding of Groby Lington)★★★☆☆
――自分はオウムに似てきたのではないか――。ペットのオウムが新しく連れられて来た猿に殺されたのは、グロウビーがそう思い始めた直後だったので、オウムの死もすんなりと受け入れられた。
あとはお定まりのごとく、サルがきっかけで巻き起こる騒動となります。
「メス・オオカミ」(The She-wolf)★★★☆☆
――ロシア帰りのレオナードはみんなから魔術を期待されていた。ミセス・ハムトンをオオカミに変身させてくれと言っているのを聞いて、クローヴィスはこっそりメスオオカミを用意して……。
クローヴィス以外にもいい大人が参加しているのが、いたずらというより大がかりなイジメのようでした。
「ローラ」(Laura)★★★★☆
――生まれ変わったらカワウソになりたい。ハンターに撃たれても、ヌビヤ人の少年に生まれ変わりたい。そう言ってローラは息を引き取った……。
こんな具体的な描写の存在は反則技です。わかっていても吹き出してしまいました。
「マレット家のウマ」(The Brogue)★★★☆☆
――処理に困っていた駄馬を売りつけることに成功し、喜ぶのも束の間、売った相手は娘の婚約者だった。良縁を逃したくない母親は、クローヴィスに相談することに……。
クローヴィスの斜め上のアイデアに、斜め上の行動で応える婚約者は、クローヴィスの言うようにまさしく「頓智のある面白い男」なのかもしれません。
「メンドリ」(The Hen)★★★☆☆
――メンドリがもとで仲違いしたドーラとジェーンを、知らずに招待してしまったミセス・サングレールは、クローヴィスに相談することに……。
バカが転じてうまくいく好例です。
「あけたままの窓」(The Open Window)
これはさすがに何度も読んでいるので今回はパス。
「沈没船伝奇」(The Treasure Ship)★★★☆☆
――沈没船の引き上げには賛否両論あったが……。
クローヴィスは出てないけれど、クローヴィスもののような作品でした。
「クモの巣」(The Cobweb)★★★★☆
――マーサばあさんがいなければ、あそこのガラクタを片して素敵な台所にできるのに……そんなある日、マーサが「死神が迎えに来た……」と告げた。
なるほどそういう意味でも「蜘蛛の巣」でした。広義の吸血鬼ものといってもいいかもしれません。
「ひと休み」(The Lull)★★★☆☆
――選挙運動の合間にラティマーが知り合いの家に泊まった日。大水ですべてが流され、ラティマーはシャモやブタと相部屋に……。
ことがどんどん大きくなってゆくドタバタ、文句なしにきれいなオチ、最初から最後まで見事なコントでした。
「最も冷酷な打撃」(The Unkindest Blow)★★★★☆
――動物園のストライキが収束したタイミングで公爵夫妻の離婚訴訟が持ち上がり、世間はその話題一色になった。それを厭った公爵夫妻は、訴訟をストライキしたが……。
どう転がるのかと思うような話題の転換と、ものの見事に前半に接続する展開は、痛快このうえありません。「早熟ぶり」とひねくれた表現でオチもつけてくれました。
「ロマンス売ります」(The Romancers)★★★★☆
――ベンチに腰掛けていたクロスビーに、見るからにたかり屋という風情の男が声をかけてきた。「クリスチャンですな、あんたは」「ペルシャでは知られたマホメット教徒です」「ペルシャ人は知りませんでした!」「父はアフガニスタン人でした」
ホラ吹きの技を競い合う、騙し合い化かし合い。何せ自分も詐欺師なので、「嘘だ!」とつっこめないのがつらいところです。ここで言う「ロマンス」は恐らく「物語」のことでしょう。
「シャルツ・メテルクルーメ式教授法」(The Schartz-Metterklume Method)★★★☆☆
――「家庭教師の方ですね」人違いで声をかけられたカーロッタ夫人は、否定もせずに子どもたちに歴史を教え始めた。
真面目な人をからかうのは場合によっては意地悪くて笑えないのですが、ここまでふざけているといっそ微笑ましいくらいでした。
「七番目のニワトリ」(The Seventh Pullet)★★★★☆
――退屈なことばかりでうんざりしていたブレンキンスロープは、ニワトリが蛇を飲み込んだ話をして注目を浴びるが……。
狼少年、あるいは事実は小説より奇なり。何が悲しいといって、ホラばかり吹いていたから本当だと信じてもらえない、のではなく、ホラに飽きられてしまったためホラかどうかにかからわず相手にされない、というのが惨めすぎます。
「盲点」(The Blind Spot)★★★☆☆
――大伯父が殺され、コックのセバスチャンが容疑を受けた。大伯父が大伯母に宛てた手紙には、大伯父がいさかいをしたセバスチャンを恐れる記述があったが……。
殺人事件の真相をめぐるミステリ……に見せかけて、実はそんなことなどどうでもいいのでした。ある意味ミステリのパロディですね。真相や真犯人など、それがどうした、と。
「宵やみ」(Dusk)★★★★☆
――泊まっているホテルの名前を忘れて帰れないので、お金を貸してほしい……。男の話に怪しさを感じ取り、お金は貸さずに追い払ったが……。
紀田順一郎編『謎の物語』で既読でした。サキは詐欺師の口八丁を描かせると水を得た魚のようです。ここに描かれているのはアドリブの才能であるだけに、頭の切れ物語の切れともに抜群のものがありました。
「リアリズム的傾向」(A Touch of Realism)★★★★☆
――なりきりパーティを開くことになり、参加者たちはこぞってなりきりを始めた……。
冗談のハメをはずしすぎて悪意に近くなるのは、「開いた窓」でもおなじみの光景です。
「ヤーカンド方式」(The Yarkand Manner)★★☆☆☆
――移動・遍歴がブームになり、誰も彼もが旅に出始めた……。
遍歴するだけならともかく、戻ってきて隠者になっちゃうのが……自分探しを皮肉っているようでもあります。
「ビザンチン風オムレツ」(The Byzantine Omelette)★★★★☆
――前の職場でストライキを起こしたコックが雇われたことに抗議して、使用人全員がストライキを始めた。
極端から極端に走られたら、真面目な人はたまったものじゃありません。こいつら絶対わざとやってるだろ(^^;と思ってしまいました。
「ネメシスの祝祭」(The Feast of Nemesis)★★★★☆
――記念日なんてうんざり、と言うミセス・サッケンベリーに向かいクローヴィスは、記念日にお祝いするだけでなく、うらみを晴らす日にいやがらせをしようと提案した。
こういう意地の悪いことを思いつくのが本当にうまい人です。しかも単なる思いつきのアイデアに留まらず、記念日が面倒臭いというそもそもの始まりに戻るオチもさすがです。