『曲がった蝶番』ジョン・ディクスン・カー/三角和代訳(創元推理文庫)★★★★★

 『The Crooked Hinge』John Dickson Carr,1938年。

 新訳を機に久々に読み返しましたが、読み返してみても傑作との思いは変わりませんでした。

 1年前、25年ぶりにアメリカから帰国し、爵位と地所を継いだジョン・ファーンリー卿は偽物であり、自分こそが正当な相続人であると主張する男が現れた。渡米の際にタイタニック号の船上で入れ替わったのだと言う。あの沈没の夜に――。

 第一章で明かされるこれだけでもうすっかり引き込まれてしまいました。タイタニックという現実の事件を取り入れているところに、いやがうえにも昂奮を掻き立てられます。

 しかも片や地元の信頼篤い紳士、片やチンピラ風のサーカス団員、とくれば、ブラー×オアシス騒ぎのように、野次馬的には盛り上がるしかありません。

 15歳のころのファーンリーを知る者はすでになく、本物を見分けられるとすれば、ただ一人家庭教師のケネット・マリーだけでした。そして今日、マリーが決定的な証拠を持ってマリンフォード村を訪れるのです。マリーによる質問。そして指紋帳という決定的な証拠を持ち出されても動じない二人。

 指紋という証拠がある以上はどちらが本物なのかはいずれわかってしまうでしょう。であればこの後どのように物語が進んでゆくのか――。一瞬たりとも気が抜けません。

 マリーによる指紋の照合を待つあいだ、それぞれが自由に過ごしていた。そのとき、庭に立っていたファーンリーが、突然池に向かって倒れたのだ。池には血が広がり、ファーンリーは喉を切られて死んでいた。倒れたのを見た者はいたが、喉が切られる瞬間を見た者は一人もいなかった。自殺か、他殺か――。

 偽物なので自殺したのだ――であればことは簡単だったでしょう。しかし凶器は見つからず、自殺の線は薄いのです。では他殺か――というと、動機がわかりません。偽物を殺す理由などありませんし、本物を殺したところで、指紋の照合が済めばどちらが本物かわかってしまうのだから無意味です。

 騒ぎのあいだに指紋帳が盗まれ、やがて恐怖のために失神したメイドの手から指紋帳が発見されます。そして弁護士の口から、事件が起こったとき地面に近いガラス戸から「なにか」に見られているような気がした、という証言が飛び出しました。

 ここに来て続々と飛び出す怪奇性の数々。真犯人の犯行方法だけはあまりのインパクトゆえに覚えていたので、特に弁護士の証言は、わかっていて読んでも(わかっているからこそ?)凄みがありました。

 そう。何よりも真相です。巧妙なほど巧妙に読者の目には隠されているものの、ミステリ的な意味ではトリックでも何でもない、であるがゆえにカーの全作品中でも屈指のインパクトを誇るものでした。

 屋根裏にある自動人形と異教の神の仮面のシーンは、島田荘司『斜め屋敷の犯罪』に影響を与えていそうな気もしますが、どうなのでしょう。

 カーター・ディクスン名義の作品に傑作が多いので、本書もそうだと思っていましたが、フェル博士だったんですね。

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 【※ネタバレ やがて相続権主張者パトリック・ゴアこそが本物であることが指紋により判明する。そしてファーンリーの幼なじみマデライン・デインの口から、ファーンリーが記憶を失っており、自分が本物なのか偽物なのかがわかるこの機会を楽しみにしていた、という事実が明らかになる。さらにファーンリーは「曲がった蝶番」という言葉もうわごとのように口にしていたという。屋根裏に仕舞われた魔術書と自動人形。一か月前に流れ者に殺されたと思われていた婦人の家から、その魔術書の一冊が見つかった。そして気絶したメイドが見た、動く自動人形。犯人はファーンリー夫人モリーと相続権主張者ゴアであった。モリーは魔術に興味を持ち、同好の士と魔女集会のようなものを開いていた。死んだ婦人はそのメンバーだった。モリーとファーンリーは折り合いが悪く、ファーンリーに魔女集会のことを知られたモリーは、機会があればファーンリーを排除したかった。ゴアが現れたのがいい機会だった。ファーンリーは自分が偽物であれば、魔女集会のことを公にしてモリーともども追い出される覚悟だったのだ。そして少女時代に本物のファーンリーを愛していたモリーは、ゴアこそが本物だと確信していたのだ。ゴアは復讐を兼ねてモリーに協力し、ファーンリーを殺す。実はモリーの昔の使用人ノールズは、それを目撃していた。だがモリーへの忠誠から口を閉ざしていたのだ。そこでフェル博士は一計を案じ、モリーがジプシーに伝わる鉤つきボールでファーンリーを殺したのだ、という推理を披露する。耐えきれず目撃証言を明らかにするノールズ。だがそのころにはモリーとゴアは遠くに逃げ出したあとだった……。やがてゴアからフェル博士宛てに手紙が届く。フェル博士に真相を見破られたために逃げ出した、という手紙だった。ゴアはタイタニック沈没の際に両足を失っていた。ファーンリーのうわごと「曲がった蝶番」とは、水に押された水密扉の蝶番であり、二人がもみ合っているうちに水密扉が壊れ、ゴアの両足をつぶしたのだ。ゴアは義足をつけて身長を自在に変えられた。記憶喪失のファーンリーがかつて相談に行ったインチキ占い師も実はゴアのもう一つの顔だった。手と胴体だけで、義足で歩くよりも素早く歩けた。自動人形を見てその秘密=足のない人間がなかに入って動かしていたことを見抜き、実際に動かしてみたところを、メイドに目撃されたのだ。そして同じく義足をはずし、垣根に隠れてファーンリーのところまで行き、足を引っ張って倒してから喉を切り裂いたのだ。家に戻るときに弁護士に目撃されたのだった。

  


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