同時期に刊行された『泡坂妻夫』と比べると、別の叢書だし別の作家だから編集方針が違うのも仕方がないのだけれど、エッセイや評論はいいものは前半だけに固まり、小説は再録ばかり……と、ちょっと残念な出来でした。
「「内地へよろしく」初見参の記」中野美代子
松久三十郎が登場する「生霊」「豊年」「内地へよろしく」、そして最終形「風流旅情記」に登場する「私」に関するエッセイ。唐突に現れる「私」とは誰なのか、またどうして松久は「風流旅情記」には登場しないのか、について、説得力のある文章でした。
「『魔都』の時間……『妖都』の頃」津原泰水
『魔都』を映画『グランドホテル』形式だと論じ、「「時を経たせずして時の流れを描く」技を見出した」と評したのは卓見です。
「だいこんと沖縄」阿部日奈子
「かぼちゃ」「雪」「花」「月」「電車居住者」「地の霊」「(対談)話の泉」「忠助」「白豹」「海豹島」「第○特務隊」「弔辞」久生十蘭
顎十郎もの「ねずみ」の異稿である「忠助」を除けば、ほかはすべて全集収録作の再録です。
「『黄金遁走曲』解説」岩田宏
「「無惨やな」について」都筑道夫
「戦争と久生十蘭」中井英夫
それぞれ教養文庫解説再録、『ユリイカ』再録、『紀ノ上一族』解説再録。
「久生十蘭との出会い 幻滅の時代を乗り切るための倫理」中条省平
「これからの十蘭」江口雄輔
「十蘭収集で見えてきたもの」沢田安史
「十蘭つれづれ」川崎賢子
「中井英夫『久生十蘭全集』編集ノートから」本多正一
資料としては面白いけれど、十蘭というより中井の資料です。