『The Corn Maiden and Other Nightmares』Joyce Carol Oates,2011年。
ん? 執筆年代が多岐に渡っているだけで、自選集というわけではないのでは――。単行本未収録作品を集めた通常の短篇集をまるごと訳したというのが正解なような。
「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」(The Corn Maden: A Love Story,2005)★★★★★
――バカどもへ! なぜかって? 髪のせいだよ。あのとうもろこしのヒゲみたいな金髪。それがあたしジュードのハートを射抜いた。神さまがそんなことを許すかどうかの実験だった。それを止める人がいなかった。だからだよ。
金髪の下級生をインディアンの儀式の生け贄にする少女グループと、被害者の母親、容疑者の教師の視点で綴られた中篇。少女の嗜虐性、そして自己陶酔性があまりにも強くて、輝いてさえ見えました。罪悪感と劣等感にまみれた被害者の母親の姿にも目を見張ります。緊張から逃げるためにビールに走ってしまい、男に騙されたのを周囲には隠しているシングル・マザーで、妻のある男と火遊びをし、家族に責められたり軽蔑されたりすることを恐れる様子には、ここまで一人で背負わなくてもいいのに、と、同情ではなくむしろ息苦しくなりました。しかしこれ、書いたのがおっさんの作家だったら、何だこの都合のいい展開は!、て言われそうです。
「ベールシェバ」(Beersheba,2010)★★★★★
――インシュリンの注射を打ち終えたとき、電話が鳴った。「ブラッド・シフケ? あなたなの?」思い出した。前々妻の連れ子ステイシー・リンだ。骨太のインディアンのような娘が、体を押しつけてくる。「ねぇパパ、ドライブしよう」
父親と娘、どちらの言うことが真実なのか、どちらも嘘をついているのか、少なくとも表面上は、ブラッドは平凡な男に過ぎず、話の内容が真実であれなかれステイリー・リンが異常なのは明らかで、ブラッドにしてみればまさしく通り魔に襲われたようなものです。果たして身に覚えのない理不尽な襲撃だったのでしょうか。
「私の名を知る者はいない」(Nobody Knows My Name,1996)★★★★☆
――彼女は九歳で早熟だった。柔毛のグレーのネコが自分を見ている。赤ん坊が生まれてからは、みんなジェシカのことばかり怒る。
悪意はいろいろな形でオーツ作品に姿を見せます。悪人の形を取ったり、魔が差したり、時間を凍りつかせたり。魔猫はたまた空想のお友だちを持つ多感な少女は、悪意の恰好の餌食でした。
「化石の兄弟」(Fossil Figures,2010)★★★☆☆
――エドワードは椎間板ヘルニアを発病して車イスの画家となり、エディと呼ばれた悪魔のような兄エドガーは政治の世界に身を投じた。
正反対の性格の双子ものがなぜかこれと次と続きます。
「タマゴテングダケ」(Death-Cup,1997)★★★★★
――おじの葬式に合わせたように、兄のアラスターが帰ってきた。「ライル、おまえの尺度か、おれの尺度か。一般的な良識に照らして? じゃあ話しても無駄だな」
なぜかふたたび双子もの。コントラクールという地名は「コントラカールの廃墟」とは別物なのかな。自分が特別だ、と何の根拠もなく信じているアラスターは、ある意味狂人たちより始末に悪い。そして弟も俗物でした。「化石の兄弟」では兄が弟に寄り添い、「タマゴテングダケ」では弟が兄に歩み寄ります。
「ヘルピング・ハンズ」(Helping Hands,2011)★★★★☆
――ヘレーネはビニール袋に入った本を見せた。エウリピデス『悲劇全集』だ。アゴに無精髭を生やした男が袋をテーブルに置いた。退役軍人かしら? 障害を負った……。
寂しい未亡人と、戦争で病んだ男。あまり現代アメリカ文学を読まないので、戦争帰りといえばベトナムというイメージだったので、「アフガニスタンか? イラクか? その前なら――第一次湾岸戦争?」というヘレーネの当たり前の反応に衝撃を受けました。ニュースと小説が結びついていなかった。しかしこうして見ると、南北戦争から進化してない。。。
「頭の穴」(A Hole in the Head,2010)★★★★☆
――古くからの患者イルマ・シーグフリードが、頭蓋穿孔手術を依頼してきた。美容整形外科医のブリード先生のところにだ。狂っている。だが金持ちだ。金が必要なのか?
金物屋でドリルを買ったのには笑ってしまいました(^_^; 死体を処分しに車で移動している途中で事故に巻き込まれたブリードが、警官に向かって医師の自分に何かできることはありませんか?とたずねるのが、妙にリアリティがあって怖かったです。オーツ作品の登場人物は、例えば狂人であってもはなはだリアリティがあって、オーツ自身も狂気を持ち合わせているのではないかと思えるほどなのですが、ブリードのこうした行動にも、実際の犯罪者はわけもなくこうした行動を取ってしまうのではないかと思えるようなところがありました。
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