『厭な物語』アガサ・クリスティー他(文春文庫)★★★☆☆

「崖っぷち」アガサ・クリスティー/中村妙子訳(The Edge,Agatha Christie,1927)★★★☆☆
 ――ジェラルドはクレアと幼馴染みで、いずれもっと親密になると思われていた。だからヴィヴィアンという若い女性と結婚すると聞いて村中が驚いた。ある日街に出たクレアは、ヴィヴィアンの筆跡でシリル・ブラウン夫妻という名が記されているのを見つけた。

 ヴィヴィアンとクレアの心理戦よりも、傍迷惑な駄目男と駄目女のカップルに現代性を感じました。歪んだ良心と罪の意識がもたらした逆説めいた結末に皮肉が効いています。
 

「すっぽん」パトリシア・ハイスミス小倉多加志(The Terrapin,Patricia Highsmith,1962)

 ハヤカワ文庫の『幻想と怪奇』で既読でした。
 

「フェリシテ」モーリス・ルヴェル田中早苗(Félicité,Maurice Level,1914?)★★★★☆
 ――フェリシテは慎ましい風なので、果敢《はか》ない職業《しょうばい》にも拘らず刑事達も大目に見てくれた。或る晩、『旦那《ムッシュウ》』と呼ばれそうな男から声をかけられた。それから土曜日ごとに静かに語り合うのが習慣になった。

 ささやかな団欒が偽りであるのは初めからわかっていたはずなのに、いざそのときが訪れると、心にぽっかりと穴が空いてしまうその寂寥感。たった一つの笑い声に背中を押されてしまうその気持もよくわかります。
 

「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショー」ジョー・R・ランズデール/高山真由美訳(Night They Missed the Horror Show,Joe R. Lansdale,1988)★★★★☆
 ――予定どおり映画に行っていたならこんなことは起こらなかったはずだ。レナードたちはトレーラーに轢かれた犬の死骸を車につないでドライブに連れて行く途中、自分たちのフットボールチームのニガーが白人たちに小突きまわされていた。

 レナードとファートですら明らかにろくな人間じゃないというのに、それを上回るイカレポンチが出てくるに至っては、常人の発想を遙かに超えた悪夢の世界でした。
 

「くじ」シャーリイ・ジャクスン/深町眞理子(The Lottery,Shirley Jackson,1948)

 これも超がつくほどの著名作で何度も読んでいました。
 

「シーズンの始まり」ウラジーミル・ソローキン/亀山郁夫(Открытие сезона,Владимир Сорокин,1998)★★★★☆
 ――セルゲイは細道に足を踏み込んだが、狩猟官が別の道を示した。銃を地面に降ろし、テープレコーダーを取りだし、キーを押した。しゃがれ声が流れ始める。狩猟官とセルゲイはそのまま待ちかまえた。

 エグイのが続きます。スプラッターなんかとも違って美意識なんて何にもない。人間の尊厳など微塵もなく、ただただエグイだけなのです。ここまでフラットだと、人間性というものが単なる社会的通念なのか――?と疑問にさえ感じ始めてしまいます。
 

「判決 ある物語」フランツ・カフカ/酒寄進一訳(Das Urteil,Franz Kafka,1912)

 これも既読です。
 

「赤」リチャード・クリスチャン・マシスン/高木史緒訳(Red,Richard Christian Matheson,1988)★★★★☆
 ――彼は歩きつづけた。さあ、もう二十フィート、そうすればもっと先まで行ける。足を止めて、地面にあるものへと身をかがめて拾い上げ、カンバスの袋に収めて、歩きはじめた。

 これは果たしてSFなのかそれとも「くじ」のような悪習なのかと手探りで読み進めてみると、父親譲りの発想力の勝利でした。ショックを受けるべきなのか笑うべきなのか困ってしまいます。家族愛、ではありますが。
 

「言えないわけ」ローレンス・ブロック田口俊樹訳(Like a Bone in the Throat,Lawrence Brock,1998)★★★☆☆
 ――公判のあいだ、ポール・ダンドリッジは妹を殺した男を何度も何度も見やった。死刑判決を受けたクロイドンは、独房のなかで手紙を書き始めた。「親愛なるポール……」

 この作品は初出が『復讐の殺人』というアンソロジーだということで、それだと意外な結末に嫌な思いが待ち受けていますが、『厭な物語』というアンソロジーに収録されてしまうと結末が予想通りになってしまう欠点があります。
 

「善人はそういない」フラナリー・オコナー/佐々田雅子訳(A Good Men is Hard to Find,Flannery O'Connor,1953)★★★★☆
 ――祖母が手提げ鞄をひっくり返したせいで、車は路肩から狭い谷へ転落した。黒い車が停まり、男が三人降りてきた。「あんたら、あの脱獄したっていう“半端者”たちだね」祖母がいった。

 後味の悪さを祖母のキャラが救っているというべきか、それゆえにいっそう後味が悪いというべきか、“半端者”が悪人でもキチガイでもないフラットな感情の持ち主なだけに、起伏に富んでいる祖母の人間くささがひときわ目立っていました。
 

「うしろを見るな」フレドリック・ブラウン夏来健次(Don't Look Behind You,Fredric Brown,1947)

 こちらも著名作――の新訳、でしょうか。

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