『卯月の雪のレター・レター』相沢沙呼(東京創元社)★★★★☆

 『ミステリーズ!』に連載されていた非シリーズものに、書き下ろしである表題作を加えた短篇集。小学生から社会人まで、生きる悩みを抱える少女たちと、ささやかな謎の物語です。ぎりぎり爽やかに踏みとどまっているカバーイラストは、裏表紙まで続いている一枚絵。つないだ手の最後には花散る少女が。目が描かれるとマンガっぽくなってしまうので、すべての絵から目は隠してほしかった。
 

「小生意気リゲット」(Catch a cheeky balloon,2011)★★★★☆
 ――シホは最近、妙に機嫌が悪い。姉であるわたしに、急に冷たい態度を取るようになった。好きだったはずのハンバーグも残している。「ハンバーグ。ほんとうは嫌いなの」妹からはきつい香水の匂いがした。両親がいなくなり、好きだった絵を諦めてまで働いているのは、無駄だったのだろうか……。

 明かされた動機こそありがちなものですが、コップ、香水、コインランドリー……こうした手がかりから真相にたどり着ける人は多くはないでしょう。妹を思いやる姉の気持が露わなだけに、「ハンバーグ。ほんとうは嫌いなの」のひとことが胸に突き刺さります。語り手が絵を描いていただけに、その目を通して綴られる風景が鮮やかでした。スーパーの色彩なんて、この作品を読まなければ気づくこともなかったでしょう。タイトルの「リゲット」は、「ふたたび手に入れる」の意味?
 

「こそどろストレイ」(Jumping answer,2012)★★★☆☆
 ――私は加奈ちゃんと一緒に百織《しおり》さんの家に遊びに向かった。もうすぐ四月だというのに、一面真っ白な雪で覆われている。人生ゲームを取りに行ったときに、百織さんのお父さんが買った花器が蔵から消え失せていることがわかった。なのに雪には足跡がなかった……。

 Webミステリーズ!掲載の著者あとがきによると、もともとは「卯月の雪のレター・レター」シリーズのスピンオフ・シリーズの一篇だったとのこと。語り手のフルネームが終盤になってから明かされるところなどは、その名残でしょうか。雪密室からの器物消失が扱われています。「小生意気リゲット」に続いてきょうだいの確執と誤解(の雪解け)が描かれていて、そのことが不可能犯罪の形成にも一役買うことになっていました。
 

「チョコレートに、踊る指」(seejungfrau,2012)★★★★☆
 ――病室の毛布にくるまっていたヒナは、わたしの方に顔を向けた。「スズ、今日は早いんだね」 声が出なかった。深海さんの自宅で、三人揃って映画を観たときのことを思い出した。ヒナがリモコンの消音ボタンを押してしまったのだ。わたしはキーボードに手を伸ばし、『部活が早く終わったから』と入力する。

 登場人物がどういう状況にあるのかは、しばらく読んでも正確にはわかりません。それゆえに文章から推察するしかないのですが、そのように推察するということがすでに著者による誤誘導にはまってしまっているということにほかなりません。副題「seejungfrau」とはドイツ語で「人魚」の謂。ここでは、声を失った人魚姫のことを指すのだと思われます。
 

「狼少女の帰還」(Return of the wolf girl,2013)★★★★☆
 ――琴音が教育実習を受け持った学級には、咲良《さくら》という落ち着きのない子がいた。食器の音が響き、咲良が教室を飛び出していった。「あの子いつもそうなんだよ」「まいなの家で遊んだとき――」大人びたまいなの声が遮った。「やめてよ。あんなの咲良の嘘だから」

 人間の思い込みを用いた錯誤に、子どもによる目撃情報というフィルターを通すことでさらなるバイアスがかけられ、しかもその子は「嘘つき」というレッテルを貼られた少女。『ミステリーズ!』vol.58に学園ミステリ特集の一篇として掲載されましたが、小学校しかも教育実習生視点です。高校生ミステリのシリーズを持っている著者が敢えてこういう作品を特集に寄せることで、学園ミステリの幅が広がりますね。これが学園ミステリなら、例えば加納朋子「白いタンポポ」なども学園ミステリでもいいでしょう。傷つきやすいしおんちゃんなど、子どものめんどくささがよく描かれていました。この作品だけあとからタイトルをつけたそうで、確かにタイトルの響きがほかとは違います。
 

「卯月の雪のレター・レター」(Red Strings,2013)★★★★☆
 ――小袖は読書が好きなおとなしい高校生。法事で祖父のもとを訪ねた際に、従妹から奇妙な質問をされる。「死んだ人から、手紙って来ると思う?」祖父宛に最近届いたという手紙は不可解な内容だったが、六年前に亡くなった祖母が昔に書いたもののようだ。それがなぜいまごろになって? 誰かの悪戯なの? 思い悩んだ小袖は、その手紙の謎をある人物に話すことに……。(カバー袖あらすじより)

 書き下ろし。もともとはシリーズものの一篇だったとのことで、この作品にはその名残として探偵キャラクターが登場しています。幼いころに死んだ祖母の名前を知らない……言われてみればその通りで――「本を読むのが好き」なことに対する周りの反応と併せて、この作品には当然すぎて普段は意識しないけれど言われてみると的を射ている指摘があって、ドキッとします。そして差出人がこうした手紙を書かざるを得なかった状況――というのが、現代から見れば一種の時代ミステリの様相を呈していて、どうにもならないことのどうにもならなさに、胸が詰まります。八歳差の活発な姉への劣等感を克服し、「進まなくちゃいけない」と決意する小袖と、「卯の雪」と名づける昔の人のセンスが光る、前向きなラストシーンでした。「レター・レター」は「later letter」?

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