飽くまで「休刊」中だった雑誌『幻影城』が、創刊40周年を機についに「終刊」となりました。『幻影城』の中心作家たちの多くは故人となってしまっているので、珍しい作品や草稿や遺稿などを中心に構成されています。
「特集=泡坂妻夫」
「MS一〇六号機事件 草稿・DL2号機事件」泡坂妻夫
記念すべきデビュー作の草稿版。探偵の名前が「杉本」であるうえにキャラも薄くわりと普通の人です。推理にも言葉足らずの部分がままあり、作家本人の頭のなかで出来上がっている構想をこれから読者に向けて肉付けしていく過程なのだということがわかります。
「空色の人 草稿・右腕山上空」泡坂妻夫
探偵役が「杉本」ではなく「亜」になり、キャラも亜愛一郎に近くなっています。ただしフルネームは「亜湾朗」で、解決編も亜ではなくひげ刑事がおこなっていました。決定稿の「灰色」と色が違っているのは、灰色の空のほうが視覚的に錯覚しやすいといったような考えによるものでしょうか。
「お化け団地 草稿・曲がった部屋」泡坂妻夫
亜の前身である木尾義雄が、白目を剥いている場面がありました。「カブト虫」→「シデムシ」というアップデートの跡も見られます。
「時は対なり。」泡坂妻夫(1982春)
相沢のところに同窓会の葉書が来た。青木は高校時代の同級生である。でぶと痩せの二人が並ぶと、互いに相手を罵倒した。
「祝電。」泡坂妻夫(?)
これまで司会を頼まれてきたなかで忘れられないのはプロ野球選手Hとアイドル歌手Nの結婚披露宴だった。Nはこっそり子供を生んでいた。
いずれも『引退公演』刊行後に見つかった掌篇。「祝電。」は怖いのかいい話なのかわかららない。
「中島梓の サインくれなきゃ帰らない! 泡坂妻夫の巻」中島梓(1978.10)
泡坂さんのマジックと騙されること、について。
「鼎談 趣味に生きたお兄ちゃん」大澤加津美(長妹)×厚川環(次妹)×厚川文美(次女)
泡坂さんの話だけでなく、職人の師でもあった泡坂さんの父親の話も。
「特集=田中文雄」
「夕闇横丁」田中文雄(滝原満)(1978.5)
――木塚の下宿を訪れた若い女は、やはり木塚と名乗った。夫である木塚圭太がこの近所で交通事故に遭い入院している。なぜこの近所にと思い訪れてみると、同姓同名の木塚圭太の存在を知ったのだと言う。
タイトルになっている「夕闇横丁」とはすなわち、「トワイライト・ゾーン」ということなのでしょう。未来からの来訪者というオーソドックスな現象に、ショートショート風のオチがついていました。
「対談 自分の過去を大切にした人」田中満理子(田中文雄夫人)×麻田実
夫婦仲がしのばれる最期のエピソードが感涙ものです。大人になってもこんなふうに感情を表現できる感性と愛情がほしいです。
「特集=栗本薫」
「伊集院大介の追跡」(1989.3)
――わが友、伊集院大介が、私たち彼にとってはもっとも近しい者たちの前から、ほぼ完全に姿を消してしまってから、いつのまにか、気がついてみると、一年近い日が流れすぎていたのだった。電話で謎解きを伝える霊感名探偵が東北のA市にいるという新聞記事のことを、山科警視から聞かされたのは、そんなときのことだった。
何という悪文! 伊集院大介ものの単行本未収録作。旅館からの人間消失を扱った、単独のミステリというよりは伊集院大介の空白期間を埋める幕間劇といった性質のものです。
「ぼくの探偵小説・新十則」栗本薫(1978.2)
「23世紀のラッシュアワー」栗本薫(京堂司)(1978.8)
京堂司=栗本薫によるSFショートショート集。
「居場所を求めて――ある青い鳥の物語」今岡清
「特集=連城三紀彦」
「赤い蜂」(1992冬)
――孝子は冬美に呼び出され、また旦那さんが浮気したという愚痴を聞かされた。しかも今度は浮気どころか旦那さんの片思いだという。だが冬美は離婚すると息巻いて……。
「まわり道」(1993夏)
――優子は婚約者の彰一から別れを切り出された。以前つきあっていた女性が妊娠していたことがわかり、やはり捨てられないというのだ。優子は同僚の里美にそのことを打ち明けた。
「片思い」(1993冬)
――またレジの現金が足りなかった。ギャンブル好きで女好きの夫かとも思ったが、店員の良二の素振りもおかしかった。
「花のない葉」(1994秋)
――内職が終わった瞬間、電話が鳴った。安美からだった。「夏子、急なお金が入ったの。二百万、要らない?」高校時代とは逆転していた。安美は売れっ子漫画家と結婚し、夏子は夫の会社が倒産しそうだった。
「洗い張り」(1988秋)
――娘の結婚式のあと、里津は母親から譲られた留袖のことを思い出していた。父親の浮気が元で家を出て、里津の結婚式も欠席した母親が、里津の娘が嫁ぐときには留袖を着てほしいと言っていた。
宗教法人機関誌に連載されていた作品のうち、単行本未収録の作品が掲載されています。「赤い蜂」の冬美の、嫉妬による意趣返しが、いかにも子どもっぽくて女ったらしくて、リアルな分だけいやらしいです。
「三紀彦さん」水田公師(連城三紀彦甥)
「特集=二上洋一」
「大洋の風(未完)」二上洋一
――昭和二十五年、山田大洋は六年に進級した。大洋、一郎、光夫は仲良し三人組だ。広島から転校してきた大久保くんは、母親を原爆でなくしていた。大洋たちが大久保くんを野球に誘うと、大久保くんの祖父から「いつまでも友達でいてくれ」と頼まれた。大洋の父親は戦傷のせいで働けないため、革のグローブを買うお金がなかった。
原爆被害者を避ける人々が口にした「病気とは違うけれど、新しい爆弾だから、まだよくわからない」という言葉に、頭を叩かれるような衝撃を受けました。今から見れば原爆被害が感染るなんて馬鹿げていますが、当時の視線ではこれが紛れもないリアルだったのでしょう。大久保くんのことも野球のことも意外と触れられず、学級文庫や本の貸し借りの話が中心になるのは、どうやら評論家であり作家「根岸洋」でもある著者の自伝的小説であるからのようです。
「妖かしと碁を打つ話」竹本健治
――「久しぶりじゃないか」と見覚えのない男に声をかけられて、碁を打つことになった。かなり強い。そのうち日本で最初に碁聖と呼ばれた寛蓮の話になった。
今昔物語集にある、寛蓮が女に碁で完敗する話をめぐる歴史ミステリのような作品。
「死の舞踏」友成純一
――僧侶階級の異端児デウィはおしのび(のつもり)で庶民の市場で買い物していたが、ぼられ無視され、堪忍袋の緒が切れ、目にもの見せてくれようと呪文を唱えた。すると周囲のものが粉々になり、人々は自分を傷つけようとしはじめた。
「「死の舞踏」由来」友成純一
『飛鳥悲傷――高市皇子物語――(序章)』村岡圭三
――叔父帝の天智帝が死んだ。皇太子・大友皇子の妻である異母姉・十市妃から高市皇子の許に密書が届いた。御陵造営の役夫にまぎれて、出家して吉野へ去った父皇子(大海人皇子)への出兵が計画されているという。
第一回幻影城新人賞受賞作家による新作。一線を退いても小説は書き続けていたらしく、八十九歳、正真正銘の新作です。
「特集=「影の会」通信」
「影の会」とは幻影城デビュー組の親睦会。『幻影城』に掲載されていた「影の会」通信をすべて復刻&回想。当時の幻影城作家の交流がわかって興味深い。
「幻影城側面史」
「「幻影城の時代」その後」内藤麻里子・岩堀泰雄
「展覧会」田中正幸ほか
「幻影城論壇」
「誰が幻影城を殺したか?」新保博久
土蔵=幻影城だという誤った知識を広めるのは誰だ?という話。
「揺り籠に揺られて……」麻田実
第二回新人賞評論部門受賞者による、通史とも思い出ともつかないエッセイ。当事者だからこその重みがありました。
「島崎博書誌の罠」沢田安史
ほか
「幻影城サロン」