『日本幻想文学大全3 日本幻想文学事典』東雅夫編(ちくま文庫)★★★★☆

 タイトルに「事典」と銘打たれているものの、読んで楽しい作品でした。「読み物としても」というレベルではなく、読み物そのもの。

 第一部の「古典ガイダンス」などは完全に編年体の書評集・エッセイ集となっています。第二部「作家クロニクル」とも合わせて、現代の怪奇作品や近年編者が力を入れている怪談実話にことさらに引き寄せた文言も目立ち、さながら編者による日本幻想文学史の塗り替えの試み、とも言えるでしょう。

 渋江抽斎の子・羽化仙史によるデュマ『Wolf Leader(Le Meneur de loups)』の翻案『奇人の魔法』があると知る。

 田中貢太郎『黒雨集』が「怪異に対する心理主義的なアプローチや鬱屈するエロティシズム、瀰漫する不条理感覚などの点で、H・R・ウェイクフィールド、W・F・ハーヴェイ、L・P・ハートリイら同時代英国の怪奇小説作家の作風に通い合うものがある」そうです。好きな作家ばかりなのでこれは気になります。『伝奇ノ匣6』に完全収録されている模様。

 佐々木喜善「長靴」は不条理とも百鬼夜行ともつかないその絵面に興奮します。『文豪怪談傑作選・明治篇 夢魔は蠢く』に収録されているようですが、覚えていませんでした。

 郡虎彦は「能楽をベースとした一連の呪詛劇」。

 豊島与志雄の作品も『文豪怪談傑作選・昭和篇 女霊は誘う』で知りました。

 「地球最後の日を思わせる光景」が展開されてゆく稲垣足穂の異色作「電気の敵」も、一連のファンタジーとは違う作風を読んでみたいものです。

 椿實という名は不明にして知りませんでしたが、中井英夫吉行淳之介の同人で、「メーゾン・ベルビウ地帯」が「柴田練三郎、澁澤龍彦により絶賛され」たそうですが、五、六年で筆を断ってしまったのだそうです。引用されている「桜の木には桜の臭、椎の木には椎の匂、そして私も女も植物なのであった」という冒頭の中毒性にため息が出ます。

 松谷みよ子『ふたりのイーダ』には同じ姉弟の登場するシリーズがあったんですね。あらすじを読むかぎりではちょっと説教臭そうな感じがしてしまいますが……。

 時代小説の書き手として知られる笹沢佐保にも幻想作品があり、『午前零時の幻夢』に収録されている「老人の予言」は、「筒井康隆星新一という名うてのSF作家たちを驚歎させた」「傑作」とあります。

 入澤康夫『ランゲルハンス氏の島』も「《アリス》風の諧謔味と幻想」という惹句が気になりました。

 読むだけで一か月近くかかりました。編著者自身が過去にものした事典が元になっているとはいえ、よくもこれだけのものを書くことができたと頭が下がります。

  


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