『地底旅行』ジュール・ヴェルヌ/高野優訳(古典新訳文庫)★★★★☆

 『Voyage au centre de la terre』Jules Verne,1864年

 高野優氏による大胆な古典新訳ヴェルヌ第二弾。「リーデンブロック教授とガイドのハンスはドン・キホーテサンチョ・パンサである」という解釈のもとに、常識人である甥のアクセルが教授の無茶苦茶な言動にツッコミを入れつつ探検についてゆく――という、かなりくだけた邦訳です。

 前半はさすがに、アクセルが教授を馬鹿にしすぎだろう……と思ってしまいましたが。

 しかしそこはそれ、波に乗るまでが退屈というヴェルヌの欠点が、この訳のおかげで気にならなくなっているのも事実です。

 地底に潜ってしまってからは当然の面白さ。

 道に迷ったアクセルが暗闇のなかで走り回り、絶望し、空洞を通して遠くの教授と声を交わす場面は、本書のシリアスシーンのなかでも屈指の緊張度でした。

 水筒の水がなくなり絶望した場面で、地下水に遭遇し、水の流れを追うように坂を下ってゆく描写には、読んでいる方も命綱とともに旅行できるような安心感を感じました。

 地下に太古の生物世界があったという場面は覚えていたのですが、巨人まで登場することはすっかり忘れており、ヴェルヌのサービス精神に脱帽しました。

 懐疑派だったアクセルが地底の現実を目の当たりにしてからは、パニックものや冒険ものを通り越してほとんどスラップスティックと化しています。アクセルが「敢えて退路を断つために筏を燃やしましょう」と極端なことを言ったかと思えば、これまたアクセルが落盤でふさがった道を爆破しようと提案して全員一致で採用される始末。案の定爆発で開いた穴に落ちて流された挙句、果ては噴火の勢いに乗って地上に飛び出すという、もはや読んでいて笑いが止まらない状態です。

 地上に飛び出したあとでハンスがしっかり給料を要求する場面や、北に向かっていたはずの教授たちがなぜ南にあるイタリアから地上に出たのかといった謎など、くすりとなるヴェルヌらしい場面もありました。

 本書がどれだけ「空想」「科学」小説なのかを検証した訳者による解説・あとがきも必見です。

 挿絵について何も説明がありませんが、原書初出から……ということでいいのでしょうね、きっと。

 謎の暗号文を苦心のすえ解読したリーデンブロック教授と甥の助手アクセル。二人は寡黙なガイド、ハンスとともに地球の中心へと旅に出た。そしてそこで三人が目にしたのは……。前人未到の地底世界を驚異的な想像力で自在に活写したヴェルヌの最高傑作を、圧倒的な臨場感あふれる新訳で。(カバーあらすじより)

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