『さよなら神様』麻耶雄嵩(文藝春秋)★★★★★

 あの問題作『神様ゲーム』の続編。
 

「少年探偵団と神様」★★★★☆
 ――「犯人は上林護だよ」俺、桑町淳の前で神様は宣った。二学期に越してきた鈴木太郎は、自分は神様だと言った。隣の小学校の青山先生が、帰宅途中に背中をめった刺しにされて殺された。丸山の話だと、大学時代から仲の悪かった美旗先生が疑われているらしい。美旗先生が犯人じゃないならよかった――でも、上林君の父親が犯人では困る。

 「神は無謬」を前提に組み上げられた歪んだロジックは、通常の意味での推理と呼べるようなものではありません。蓋然性を積み重ねてゆくのではなく、既にある結論を目指して辻褄を合わせてゆく言葉は、作中人物からも「どんな偶然だ」と切り捨てられますが――。ミステリに於ける名探偵のロジックなんてそんなものだと著者は言いたいのでしょうか。名探偵は実際に推理しているわけではなく、神たる著者が用意した真相に向かって言葉を積み上げているのだから、当然といえば当然なのですが。思えば『夏と冬の奏鳴曲』はそういう話だったのですね。
 

「アリバイくずし」★★★★★
 ――「犯人は丸山聖子だよ」わざわざ鈴木に訊きに行ったのは、犬が殺されたからだ。俺が拾った子犬を、引き取ってくれたのが上津里子だった。仲が悪かった丸山の母親が疑われているのは事実らしいが、犯行時刻には市部の家で婦人会の集まりに出ていたという。

 第一話と比べれば「偶然」要素は減りましたが、今度はなぜわざわざ「犯人」の犯行を立証しようとするのかについて、明確な理由は明らかにはされません。探偵するのも神様の想定内といったところでしょうか。アリバイくずし自体は古典的なものでしたが、犯行成立のキーとなるものが脱力もので、しかもちゃんと伏線も張ってあるのだから脱帽です。さらっと語り手がであることが明らかにされます。
 

「ダムからの遠い道」★★★★★
 ――「犯人は美旗進だよ」美旗先生の彼女がダムで死体で見つかった。事件直前に運転する姿を目撃されていたことと、コンタクトレンズの乾き具合から、美旗先生ではなく、二股をかけられていたもう一人の恋人に容疑がかかっていた。

 男と女、左利きと右利き、赤緑色盲……たった一つの事実が指摘されるだけで世界が反転するのは、ミステリの醍醐味ですが、本篇の意外性もなかなかのものでした。本篇も――というより、犯人名がわかっている以上は(第一話を除けば)どの作品も多かれ少なかれアリバイものなのですが、アリバイ自体がくずれた「アリバイくずし」とは違い、アリバイの前提となる事実の意味が反転する作品でした。
 

「バレンタイン昔語り」★★★★★
 ――「犯人は依那古朝美だよ」「……誰だ?」俺が神様に尋ねたのは、前年度のバレンタインに池で溺れ事故死とされたクラスメイトのことで踏ん切りをつけるためだった。川合は俺にふられた直後に溺れたことになる。同時に告白してきた赤目が犯人だと思っていたのに……。

 語り手が自分のことを「俺」と呼ぶ理由が明らかにされます。また、鈴木君が神様ではないとする根拠が大きく揺らぐ作品でもあり、それがミステリとしての衝撃と直結している点も見逃せません。用いられているのはミステリとして古典的なネタですし、鈴木君が神様だとわかってはいるものの、用いられ方が大胆すぎてまったく見破れませんでした。

 講談社から出ている『ベスト本格ミステリ2013』には、「この作品は『神様ゲーム』の続編にあたる短編シリーズの一本です。/『神様ゲーム』では冴えない容姿の神様でしたが、このシリーズでは気が変わったらしく、イケメン小学生に扮しています。モテモテライフに興味をそそられたのかもしれません。/とはいっても、全知全能の神様が犯人を名指しすることや、性格が少し意地悪なところは前作と全く同じですので、一風変わった構成ですが、まあ“そういうもの”としてお読み下さい。とにかく神様は絶対ですから……。」という著者の言葉が掲載されていました。
 

「比土との対決」★★★★★
 ――「犯人は比土優子だよ」二度と尋ねないと決めていたのに尋ねてしまったのは、同級生の比土が犯人だと鈴木が名指しした事件の被害者が、俺の幼なじみの新堂小夜子だったからだ。掃除中を視聴覚室に、ヘラクラス像が持っている金属バットで何度も殴られたのだ。

 凶器である「ヘラクレス像が持っている金属バット」というのはもちろんギャグではありますが、彫像の手にバットをぐるぐる巻きにしているガムテープを剥がずのに時間がかかる、という、アリバイを成立させるための設定でもあります。犯人の名前だけを告げる「神様」という存在を利用した計画は、このシリーズでなければ成立し得ない犯行でした。
 

「さよなら、神様」★★★★★
 ――「犯人は君だよ」……目が覚めた。縁起でもない。比土優子の死体が、摺見ヶ滝で見つかった。比土ともう一人誰かが山道を登っているのを目撃されていた。聞いてもいないのに鈴木は「自殺だよ」と言い捨てて転校して行った。――「人殺し」翌週、鈴木の取り巻きからの嫌がらせが始まった。

 前話に続いて神様を利用した作品にして、本書の総集編でもあります。全知の目を敢えてつぶっている神様の鼻をあかすことはできるのか――。神様もさぞかし退屈せずに済んでいることでしょう。メインのトリックはしょぼいのですが、それを上回る仕掛けに取り巻かれていました。

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