『ラルジャン』(L'Argent,1983,仏・スイス)★★★★★

 ロベール・ブレッソン監督・脚本。レフ・トルストイ原作。クリスチャン・パティほか出演。

 小遣いの無心を父親に断られたノルベールは、友人の誘いに乗って贋札を使用する。写真店の主人は贋札に気づき、燃料店の請求を贋札で支払う。贋札だと知らずに使った燃料店の配達員イヴォン(クリスチャン・パティ)は逮捕され、写真店の主人にも店員リュシアンにも嘘の証言をされた結果、有罪判決を受ける。会社を馘首になり、妻エリーズと幼い娘を抱えるイヴォンは、銀行強盗に協力してしまい、3年間の禁錮刑を受ける。妻と娘を失い絶望して自殺を図ったイヴォンだったが、一命を取り留め刑務所に送り返されたころ、写真店の金を奪って逮捕されていたリュシアンも同じ刑務所に入れられる。脱走をもちかけるリュシアンの誘いを断り、無事に刑期をつとめあげたイヴォンは……。

 一人一人のこすい悪意とちっぽけな保身が積み重ねられ、そのせいで一人の人間がすべてを失ってゆく過程には、恐怖とも怒りとも絶望とも違う、「これが人生だ」とでもいうような諦めにも似た感情を抱いてしまいます。それでもやはり、どこかで何かが違っていれば――と思わずにはいられません。

 過度な感情表現は一切なく、場面の切り替えはドアや手元の固定画面でおこなわれるため、通常の映画のような盛り上がりやサスペンスや心理描写はなく、にもかかわらず画面からは目が離せず引き込まれてしまうし、登場人物には反発や共感を抱いてしまいます。

 リュシアンの脱獄実行からイヴォンの出所までのあいだに、いったい何があったのかは描かれることなく、出所後のイヴォンの行動には突然のことにしばし愕然とするほかありません。けれど考えてみれば、それまでの時点でイヴォンはすべてを失ってしまっているのだから、見ようによっては当然ともいえます。いよいよ出所――という場面に、何らかのハッピーエンドを期待してしまうわたしの方が、フィクションに毒されているだけなのかもしれません。

 それまでの生活に終止符を打たれる、という意味では、イヴォンも、妻も娘も、自宅謹慎のノルベールも、写真店の主人も、殺された人々も、みんな同じ現実なのでしょうか。

  


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