『悪意の糸』マーガレット・ミラー/宮脇裕子訳(創元推理文庫)
『Do Evil In Return』Margaret Millar,1950年。
望まない妊娠をしてしまった若妻が、法律で禁止されている堕胎を頼みに主人公の医師のところにやって来るが断られ、その後消息を絶つ……。
発端だけならどうということのない挿話なのですが、主人公シャーロットの、「ザ・女」という感じの非論理性あふれる行き当たりばったりの行動に、危なっかしさといらだたしさを同時に感じて、むしろそこからサスペンスが醸し出されていました。
それにヴォスとエディの穀潰しコンビによる、生理的に嫌悪感をもよおさせる下卑た悪党っぷり。
シャーロットは患者であるグウェンの夫ルイスと不倫しているため、グウェンの診察に漂う緊張感。
ストーリーの起伏ではなく、そういった心理描写や人間描写によるサスペンスが中心で、これが圧倒的に上手い――というか、上手くなければそもそも人間描写でサスペンスを作り出せたりはしないのでしょうが。
サスペンスに留まらず、終盤、ルイスの共同経営者ヴァーンが見せる優しさ(?)にも作者の筆はふるわれており、緊張が続くなかでふっと気持が楽になります。
反面、犯人像は今読むと書き割りのように平板な「異常者」でしかなく、それまでが非常に面白かっただけに、もったいないなァ……と思いつつ、1950年の作品なのかと気づいて仕方ないかと思ってみたり。
アメリカでは、乗っている車で医者だとわかるものらしいというのがわかりました。
不穏な空気をはらんだ夏の午後、医師シャーロットの診療所にやって来た若い女。ヴァイオレットと名乗るその娘は、夫ではない男の子どもを妊娠したという。彼女の“頼み”を一度は断ったシャーロットだが、混乱しきった様子が気に掛かり、その晩、ヴァイオレットの住まいへと足を向け……卓越した心理描写を武器に、他に類を見ないミステリを書き続けた鬼才による傑作、本邦初訳。(カバーあらすじより)
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