『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン/大島かおり訳(光文社古典新訳文庫)★★★★☆

 オペラ『ホフマン物語』の原典となった三篇の新訳。

「砂男」(Des Sandmann,E. T. A. Hoffmann,1816)★★★★★
 ――「さあ、子どもたち! ベッドへ! 砂男がきますよ」婆やが話してくれた砂男というのがほんとうの話ではないと悟るほどの年齢にはなっていたけれど、そいつが階段を上って父の部屋に入る音が聞こえると、恐怖にとらわれた。勇気をふるってのぞき見ると、砂男というのは老弁護士コッペリウスではないか! 「眼玉をよこせ!」ぼくは恐怖のあまり熱を出し、寝込んでしまった。夜中、大音響がとどろくと、煤でくろずんだ父が死体となって倒れていた。こんなことを書くのは、数日まえに起こったことを知ってほしいからだ。晴雨計売りのコッポラというのが、呪わしいあの男なのだ。婚約者のクララに言わせると、こうしたことはすべてぼくの内面だけで起こったことだそうだ。

 目玉を奪う砂男に怯えるナターナエルが、目玉のない木偶人形に恋をするのは皮肉です。カメラのレンズを通して霊が見えるように、光学器械には真実を(?)あるいは虚像を目に映すことができるようです。果たして望遠鏡の先のクララに何を見たのでしょうか。
 

「クレスペル顧問官」(Rat Krespel,1818)★★★★☆
 ――クレスペル顧問官はとびきりの奇人だった。ヴァイオリンも製作するのだが、名工のつくったヴァイオリンを分解し、内部の構造をよく調べ、探していたものがないと箱に放りこんでしまう。クレスペルの家にめずらしく明かりが灯っていた日があった。やがてすばらしい女性の歌声が聞こえ、ヴァイオリンの調べが湧きおこった。弾いているのはクレスペルでした。家政婦によると、クレスペルがアントーニエという若い娘を連れかえり、その娘があのようにすばらしく歌ったのだと言うのでした。

 薄命の天才というありがちな悲劇も、ヴァイオリンの魂柱が斜めになっているという構造と、アントーニエの胸部に器質的疾患があるという事実とを同時に明かされると、どちらも器械でしかないような、どちらも生きているような、奇妙な感覚に囚われます。
 

「大晦日の夜の冒険」(Die Abenteuer der Sylvester-Nacht,1815)★★★☆☆
 ――酒場で出会った小男には鏡像がなかった。エラスムスジュリエッタを一目見たときから、妖しいときめきを覚えた。「きみのものになりさえすれば、この身が滅びたってかまわない!」「あなたの鏡像をくださいな、永遠にわたしの手もとにおいておきたい」

 初期の短篇集『カロ風幻想作品集』からの一篇。ほかの二篇と比べると悲哀や狂気ではなく軽みが目立ちます。シャミッソー「影のない男」もゲスト出演。

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