『化石少女』麻耶雄嵩(徳間書店)★★★★☆

 生徒会に部活を潰されそうになっている少女が、犯人は生徒会の人間に違いない!と決めつけて「推理」するが、後輩に諫められて――という趣向はともかく、その「推理」自体を楽しめば普通のミステリです。探偵の推理なんて100%正しいのではなく「それっぽいこと」ではあるけれど、探偵の推理は「作中で絶対」だった麻耶雄嵩が、「それっぽい」のはやっぱり「それっぽい」だけだよ、という真逆のスタンスで取り組んだ(ような取り組んでいないような)。
 

「第一章 古生物部、推理する」★★★★☆
 ――部員が神舞まりあ先輩と桑島彰の二人しかいない古生物部は、廃部の危機に陥っていた。そんな折り、新聞部部長が殺されて、古生物部にあったシーラカンスのかぶりものをかぶった犯人の姿が目撃されていた。変人のまりあ先輩は、事件を解決することこそが部存続への近道だと思い込み……。

 目撃証言の錯誤を狙ったアリバイトリックが、古典的ですが鮮やかです。容疑者が(まりあの偏見により)最初から生徒会に限定されているとはいえ、そのなかから消去法で犯人を特定する手際も堂に入ってます。犯行があまりに綱渡りなのが説得力を欠いているくらいでしょうか。発見当初は上下「逆」だと思われていたハルキゲニアの化石がヒントになっていました。

 雑誌掲載時の感想→(2012年3月31日
 

「第二章 真実の壁」★★★☆☆
 ――まりあと彰が文化祭に向けてエディアカラ生物群ジオラマを作っていると、落雷とともに停電が起こった。まりあは雷と暗闇が苦手らしい。やがて照明が回復すると同時に、向かいの体育館の壁に人影が浮かび上がった。女子と思われる人影に短髪の男らしき人影が近づき、両手を首に降ろしていった……。

 まりあの推理は、そんな偶然の起こる確率の低さから彰に否定されてしまいますが、『翼ある闇』のあの確率から比べれば屁でもありません。ただ、犯行自体が、吊り下げたり何なりと、あまりスマートではありません。今回のヒントはキメラ復元図のブロントサウルスです。

 雑誌掲載時の感想→(2012年8月10日
 

「第三章 移行殺人」★★★☆☆
 ――廃部の危機にある叡電部は、しがらみのある嵐電部との合併を有利に進めるため、文化祭でポイントを稼ぎたがっていた。だが部員の一人がレールで頭を殴られ、製作途中の展示模型は無惨に壊されているのが見つかった。

 アリバイトリックと消去法いずれも第一章のバリエーションが用いられていますが、これも古典的ながらトリッキーな殺人トリックと当初予定されていた事件の原型のおかげで、第一章とはまた違った作品になっていました。オタクならではの行動原理が、叡電部やまりあの変人ぶりをあぶり出す単なるギャグではなく、事件にもしっかり関わっていました。殺人という犯行自体もある意味で「移行」した犯行だったわけですが、この「犯罪の移行」は最終話にも受け継がれており、また犯人特定の消去法に対する彰のツッコミは第五章でフォローされているなど、本書全篇を通していろいろと関わりの多い、キーとなる作品でした。魚類から両生類への進化の過程を証明する「移行化石」が推理のヒントでした。

 雑誌掲載時の感想→(2013年2月25日
 

「第四章 自動車墓場」★★★★☆
 ――どうしてあなたたちがいるのよ! 古生物部の合宿で、まりあと彰は生徒会と遭遇した。発掘現場に向かう途中でにわか雨に降られ、ひとまず引き返す途中、自動車が何度か落ちたこともあるという淵を通りかかった。白い自動車のなかに、来るときには気づかなかった刺殺体を発見した。

 犯人特定のロジックがやや弱いものの、トリッキーさでは群を抜いています。エピローグで明らかにされますが、学外の(それも山中の)事件であるだけに「証拠」が残されているのもポイントでした。まりあは雷だけではなく雨にも弱い模様。推理のヒントは「ロケット鉛筆みたいな」デンタルバッテリーです。
 

「第五章 幽霊クラブ」★★★☆☆
 ――放置されていた旧クラブ棟を利用して廃部後もクラブ活動をしている、人呼んで「幽霊クラブ」が五十近くもあるのは公然の秘密だった。選挙前のアピールなのか、現生徒会とは敵対する派閥の前生徒会風紀担当者・浦田が、旧クラブ棟のガサ入れを申し入れた。成り行きから彰も同伴したガサ入れの最中、悲鳴が聞こえ、浦田が屋上から転落したと聞かされた。

 本書のなかでもトリックはかなり無理めです。ですが第三章のフォローにもなっているので、一概に不満は言えません。とはいえ、「罪の意識で怯えているところに、脱法ハーブでラリって錯乱した」という表向きの解決が、もっとも納得できる作品でもあります。トニーとマリアって何だろうと思ったら、『ウェスト・サイド物語』でした。今回のヒントは「反転」してしまうこともある褶曲地層でした。
 

「第六章 赤と黒★★★★☆
 ――今ごろになって古生物部に入部したのは学年二位の成績を持つ秀才だった。職員室前にある大理石の壁の化石を眺めているところを、まりあがスカウトしたのだという。聞けば次期生徒会長と目されている、いわばまりあと対立する生徒会側の人間だった。果たしてスパイなのか、本当に化石が好きなだけなのか――。鍵のかかった体育用具室のマットの上で体育座りの恰好で殴り殺されているのが発見された。

 この話は「エピローグ」とワンセットになっています。推理のヒントはカンブリア紀の「光」スイッチ説です。「赤と黒」というタイトルは、前章のロミオとジュリエットトリスタンとイゾルデと何かつながりがあるのかと思ったら、落第生と優等生(赤点と黒点(※第三章参照))のことのようです(^_^)。
 

「エピローグ」★★★★☆
 ――部室に入るとまりあが頭を抱えていた。一昨日の推理に致命的な欠陥を見つけて落ち込んでいたのだ。週末、彰は夏休みに化石採取の合宿を行った場所に来ていた。自動車を確認するためだ……。

 最後の第六章の「推理」が正しいとわかっているからこそ、ほかの推理も確かめられずにはいられない、しかも確かめるすべがある、という納得のまとめでした。第六章の真相も、動機・トリックともに腑に落ちるものでした。

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