『ネロ・ウルフの事件簿 黒い蘭』レックス・スタウト/鬼頭玲子訳(論創社)
「黒い蘭」(Black Orchids,Rex Stout,1941)★★★☆☆
――月曜日、フラワーショー。火曜日、フラワーショー。水曜日、フラワーショー。これがぼくの三日間。ネロ・ウルフに言われて黒い蘭を見に行かされたのだ。ぼくとしては花よりも展示池で足をぱしゃぱしゃさせていた秘書の女の子のほうが好みだった。相手役の男が水を掛けられても反応しない。近寄ってみると、心あたりのある臭いがした。頭に手をやると、指が頭蓋骨の穴にどんどん入っていく。ぼくは警官を呼び、クレイマー警視に電話をかけた。
証拠ではなく犯人の自白を引き出す印象のあるネロ・ウルフ・シリーズにおいて、犯人みずからボロを出させるやり方の、極北みたいな作品でした。一応のところは、目撃者の女性が家族に知られると一家の恥になるからと言って証言してくれないため――という理由はあるのですが。変なところで優しいネロ・ウルフ。探偵小説的な「犯人」とは別の、「実行犯」ともう一つの「殺人」の「計画犯」の正体が笑えます。鬼畜だなぁ。唯一常識的な視点を持つクレイマー警視の、最後の一言が最高でした。
「献花無用」(Omit Flowers,1948)★★★☆☆
――ウルフが贔屓にしているレストランのオーナーシェフ・マルコからの依頼は、知り合いのレストランの実質的な経営者だったポンパの無実を晴らしてくれというものだった。夫の死後、経営に口を出すようになり、息子に跡を継がせようとしていたミセス・ホイッテン(前ミセス・ランディ)の再婚相手ホイッテン氏が、スライス用ナイフで刺し殺されたのだ。ぼくがミセス・ホイッテンに会いに行くと、医者が出てきたところだった。どうやらミセス・ホイッテンも刺されたらしい。
ウルフものはもともとミステリとしての驚きには欠けていますが、これは話自体もあまり面白くありませんでした。ミセス・ホイッテンが刺されたことが明らかになる場面をピークに、あとはウルフを前にした女同士の対決も盛り上がらず、「献花無用」というタイトルの意味がわかる場面が唯一の山場でしょうか。
「ニセモノは殺人のはじまり」(Counterfeit for Murder,1961)★★★☆☆
――ネロ・ウルフに会いたいんだ。「三十年前は美人だった」ハッティー・アニスは、ハンドバッグから紙包みを取り出した。なかから出てきたのは札束だった。「賞金はもらえるかい?」玄関のベルが鳴った。財務省秘密検察局の人間だった。「今朝、タミリス・バクスターか、ハッティー・アニスが来ませんでしたか」ぼくは調査官を追い払って、札束を拡大鏡で調べた。偽札だった。ぼくらがハッティーが大家をしている下宿に行くと、バクスターがソファの上で死んでいた。
本邦初訳。ハッティーのはじけたキャラクターが楽しい一篇ですが、それ以外に印象に残らないのも事実です。
「ネロ・ウルフはなぜ蘭が好きか」(Why Nero Wolfe Likes Orchids,1963)
――ネロ・ウルフはなぜ蘭の栽培に情熱を傾けるのか? そう訊かれたら、ぼくは相手に向かって、興味があるのは蘭なのか、ウルフなのか、と尋ねることにしている。
アーチー・グッドウィン名義で発表されたエッセイ。
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