『ウッツ男爵 ある蒐集家の物語』ブルース・チャトウィン/池内紀訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)★★★☆☆

 ルドルフ二世について書くために蒐集家の心理を取材しようと語り手が訪れたのは、プラハに住むマイセン磁器の蒐集家カスパール・ヨアヒム・ウッツだった――とくれば、蒐集についての偏執狂的な情熱とエピソードが語られるのだ、とばかり思っていました。ところが蓋を開けてびっくり、蒐集についてのエピソードは〈スパゲッティ食らい〉入手をめぐるやり取りくらいで、あとはゴーレムの話だったりハエの話だったり独裁政権下で国外に静養に行く話だったり錬金術の話だったり、磁器についての言及は驚くほどに少ないものでした。

 もちろん磁器が全篇を覆ってはいます。蒐集のきっかけになった子どものころのエピソード。いかにして第二次大戦や共産主義政権下で蒐集品を守り通したか。ポーク(豚肉)とポースレン(磁器)についての蘊蓄。ゴーレムの話にしてからが、人形つながりで磁器に通じてはいるのですが。

 けれどそのどれもが驚くほど穏やかで落ち着いた語り口なのです。ある意味、騒乱と蒐集に明け暮れた者の、これが日常であり、そうした日常をそのまま描いた、と言わんばかりに。

 そうした印象を持つのは、「騒乱は歓迎した。そのおかげで世に隠れていた美術品が市場に現れる」から、と嘯きながらも、蒐集や蒐集品そのものについては筆が費やされていないからなのでしょう。

 蒐集家の〈蒐集癖〉ではなくその〈人となり〉を描いた、という意味では、まぎれもなく蒐集家そのものを描いた作品と言えるでしょう。語り手にとって一週間の取材と(おそらくは死後の)取材が、ルドルフ二世や蒐集家の心理を知るのに役立ったのかどうかはわかりませんが、風変わりな生を送った人間の興味深い半生だったと思います。

 幼き日、祖母の館でマイセン磁器の人形に魅せられたウッツは、その蒐集に生涯を捧げることを決意する。第二次大戦中、そして冷戦下のプラハで、ウッツはあらゆる手を使ってコレクションを守り続けた。ひとりの蒐集家の人生とチェコの20世紀史を重ねあわせながら、蒐集という奇妙な情熱を絶妙の語り口で描いた小説。(カバーあらすじより)

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