『魔法飛行』加納朋子(創元推理文庫)★★☆☆☆

 駒子が瀬尾さんに送った「手紙」という名の小説と、返信と、「誰かから届いた手紙」から成る連作短篇集。『ななつのこ』に続く、駒子シリーズ二作目。『ななつのこ』には存在した、飛び抜けた傑作というものがない一方で、はじめから連作短篇にする意図があった分まとまりはよいです。
 

「秋、りん・りん・りん」★★★☆☆
 ――濃紫色のジャケットの下から、茜色のシャツが目に鮮やかにのぞいていた。彼女を〈茜さん〉と呼ぶことにする。茜さんは大講義室の私の前列に腰掛けた。回された出席表には〈井上美佐子〉という名前が書かれていた。二時限目にも彼女はいた。だが出席表の名前が違っていたのである。「学食、一緒に行かない?」その日会ったばかりの、トゲトゲした茜さんから、食事に誘われるとは思ってもいなかった。

 女の子がつっけんどんな理由は、形は違えど「バス・ストップで」のレジスタンスを思い起こさせます。自分にはどうにもならないことへの、ささやかな抵抗。タイトルとなっている「りん・りん・りん」には二つの意味があり、一つには、スプートニクに乗せられたライカ犬クドリャフカが鈴と食事を条件反射づけられ、一週間目の食事に睡眠薬と毒を混ぜられて安眠させられた、とされる故事に基づき、学食がらみの連想に繋がっています。そして二つ目には、アンデルセン童話に出てくる、「りん、りん、りん」と歌いながら町中の台所で作られた料理を見ることができる壺になぞらえ、「手に届かないけれど見たいもの」の意味を持たされていました。謎解きとしては決して高度でもスマートでもありませんが、名前のない彼女の強い思いだけはしっかりと伝わってきました。
 

「クロス・ロード」★★☆☆☆
 ――交差点に幽霊が出る、という噂を耳にしたのは、美容院でのことだった。轢き逃げされた子供が毎晩出てきてすすり泣くという。父親である画家が高架下に描いた息子の絵を、私は見てみたくなった。美容院を出ると、シゲと呼ばれた美容院の息子がなぜかついてくる。それは精緻でリアルな絵だった。そして――絵に描かれた少年の右手は――白い骨になっていた。

 謎自体はこちらもたいしたものではありませんが、一話目同様、ある人の抱く強い思いが重要なキーとなっていました。ところが、息子を失くしたこの父親の思いは、わたしにはよくわかりません。痛みや恨みはわかるんですが、それがああいう形を取るというのが感覚的に理解できないのです。
 

「魔法飛行」★★☆☆☆
 ――学園祭の受付嬢を決めるあみだくじが作られた。そんなときに限って大当たりを引き当ててしまった。英文タイプ部の野枝も一緒だ。小学生くらいの男女五人に風船を手渡す。その一つが飛び立った。それももう見えない。やがて空にワシが現れた。それからもう一羽、プテラノドンだ。鋭いクチバシが風船に突き刺さり、パンッ――破裂する。「あれは凧だよ」振り返ると、野枝の幼なじみだというUFOオタクの卓見が立っていた。

 超常現象オタクの男と超常現象など信じない女の幼なじみ。そんな二人のあいだで起こるのは、テレパシーの謎です。素直になれない二人の「思い」を伝える手段が、テレパシーでした。謎もその解決もいちばんトリッキーです。
 

「ハロー、エンデバー★★★☆☆
 ――コンサートの帰り、ふみちゃんの婚約者を見て、愛ちゃんの機嫌が悪くなった。ハンバーガー屋に寄って機嫌を直した愛ちゃんが、ふと口にした。「ねえ、坂口亮って誰?」愛ちゃんの手には、三通目の手紙があった。初めて差出人の名があった。そして内容は、遺書だ。茜さんの正体や、轢き逃げ犯を知っていると伝えてきた手紙の主は、自ら死を選ぼうとしている。私は瀬尾さんのところに走った。

 最終話となるこの話に来て、一話目ときれいに繋がります。というよりも、こうした事情があったからこそ、一話目の出来事が起こった、というのが正確なところです。一話目の「思い」がまた違ったものであることが明らかにされます。幼いころの駒子をも巻き込んだ命を繋げようとする思いと、兄妹のあまりにも長いすれ違い、思い違い。駒子たちしか知らないはずの手紙の内容を知っている理由は、驚くほどに単純なものでした。傘に空いた穴を見て「北極星みたい」と感じる駒子の感性が好きです。

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