『寝ても覚めても夢』ミュリエル・スパーク/木村政則訳(河出書房新社)★★★★☆

 『Reality and Dreams』Muriel Spark,1996年。

 短篇集『バン、バン! はい死んだ』に続く、ミュリエル・スパーク作品です。今回は長篇。

 撮影にこだわるあまりにクレーンから落下して大けが、妻は資産家の一族なのでわがままな仕事ぶりも思いのまま、女は芸の肥やしとばかりに浮気は当たり前、プレゼントを受け取るスター(≠女優)の演技にダメ出しを繰り返し、キャンプ場で見かけた平凡な娘からインスピレーションを得て一本作ってしまう……これだけなら職人肌の映画監督、と言えなくもありません。

 ところが初登場がこれ以上のインパクトなのです。看護師に片っ端から色目を使うのなどは序の口。怪我で意識が朦朧としているため、妻を殺してお金を手に入れキャンプ場の娘に贈る――という映画と現実をごたまぜにした妄想を弁護士に相談しそうになる始末です。

 それに輪を掛けてひどいのが周りの人間たち。親戚中で一気に五人も失業し、前妻との娘コーラの旦那はインドに失踪、現在の妻との娘マリゴールドは問題児、キャンプ場の娘役の女優ジャンヌは端役と知って精神不安定、コーラは失業中の義弟と浮気を始め……。

 これだけあって平常心の主人公が恐ろしい。落ち着きたくなると馴染みのタクシーに乗って運転手のデイヴとおしゃべりをする――という、映画の主人公みたいな行動にも笑ってしまいますが、そのデイヴがこれまた映画のように襲われても、マリゴールドが失踪しても、マイペースは変わりません。マリゴールドをさがしに来たはずが妻と仲良く食事をし、果てはまたもやインスピレーションを得て、その映画の主役抜擢をマリゴールド帰還のとっかかりに利用する……ある意味、骨の髄まで映画監督なのでしょうが……。

 意地の悪さが痛快な、イギリスのブラックユーモアの女王が贈る、奇妙な家族の物語。

 映画監督のトムは、撮影中の大事故で瀕死の重傷を負った。九死に一生を得て現場に復帰するも、ままならぬことばかり。タイトルは二転三転、製作陣からは横槍が。得意なはずの女優たちの扱いにも手こずる始末。そんななか、トムの次女が失踪した。まったくかわいげのない娘ではあるが心配だ。金目当ての誘拐か、有名人の父親に反抗しての蒸発か。行方がつかめぬまま、今度はトムの知人が銃撃され……現実が見えない男とドライな女たちの滑稽な駆け引き。(カバー袖あらすじより)

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