『S-Fマガジン』2018年4月号No.726【ベスト・オブ・ベスト2017】

「「方霊船」始末」飛浩隆
 ――〈磐記大定礎縁起〉の台本を書き、惑星〈美縟〉の大事件の発端となった女傑ワンダ・フェアフーフェン氏。彼女が「鳥頭」の友人と最初に出会ったのは、とある私立学校の寄宿舎でのことだった――(扉惹句より)

 『SFが読みたい!』国内篇第1位の作家による書き下ろし。『零號琴』スピンオフ。
 

「9と11のあいだ」アダム・ロバーツ内田昌之(Between Nine and Eleven,Adam Roberts,2016)★★★★☆
 ――異なる文化を持つ人類とトレフォイル族は外交努力も失敗して戦争状態にあった。軍艦センチュリオン711の艦長フェランテは、標的に狙いを定めた。そのとき味方の軍艦が爆発した。わたしのふたつの手はどこかおかしかった……なにか……。「まだ主砲は九門ある」「まだ……?」「本来はもっと多いということ?」

 『ジャック・グラス伝―宇宙的殺人者―』が『SFが読みたい!』海外篇第9位にランクイン。タイトルずばりの話でした。基本的にはホラ話なのですが、厳密に突き詰めてゆくと小説としてほころびが出そうなネタを、「ひょっとしたら」と含みを持たせて終わらせているところなどは、ホラ話だからといって手を抜いていません。
 

「魔術師」小川哲 ★★★★★
 ――マジシャンの竹村理道は言った――私は十九年前に旅して来ます。上映されたビデオには、現在の理道と十九年前の理道の会話が映っていた。タイムマシンが偽物なら、竹村理道はマジシャン史上最大の天才だ。天才じゃないのなら、タイムマシンが本物だった、それだけだ。そして今日、姉が父である理道のマジックに挑もうとしていた。

 『ユートロニカのこちら側』でデビュー、『ゲームの王国』で『SFが読みたい!』国内篇第2位を獲得。タイトルが奇術師ではなく魔術師であるところが意味深です。交互に描かれる奇術師の舞台と父子の確執がクライマックスに達したとき、文字通り一世一代のマジックが披露されます。その奇術師にとって動かしがたい出来事が起こった日、それが過去であればあるほど、術師は戻ってくることは出来ません。タイムマシンが本物であればもちろんのこと。仮に偽物であったとしても、マジックを完璧に成功させるためには、術師は二度と姿を現すことは出来ません。永遠に姿を消すことと引き替えにしてでも、取り戻したい日がある。やり遂げたいマジックがある。心と脳を揺さぶられるような作品でした。
 

「邪魔にもならない」赤野工作
 ――一秒でも早くクリアするために、最善を尽くす。今までもこれからも、それが当然だった。(袖惹句より)

 『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』で国内篇第4位。
 

「宇宙ラーメン重油味」柞刈湯葉《いすかり・ゆば》★★★☆☆
 ――複数の頭脳で一つの内臓袋を共有するトリパーチ星人には、地球人の食べ物は合わない。だが小惑星ヤタイにあるラーメン青星は、どんな星系の客にも対応するという評判だ。地球人の店主キタカタ・トシオと元殺戮兵器ロボットのジローさんが営んでいた。

 『横浜駅SF』で国内篇第6位獲得。地球人とはまるで異なる異星人の生態の様子は古き良き時代のSFのようですが、その異星人に適した食べ物と調理がみっちり描かれることで懐かしいだけのSFともまた違った味わいを持っていました。
 

「1カップの世界」長谷敏司
 ――二十二世紀の世界で、冷凍睡眠から目覚めた少女――その名は、エリカ・バロウズ(扉惹句より)

 『BEATLESS』&長谷敏司特集。スピンオフ短篇。ほかに原作者インタビュウ、監督インタビュウ、脚本家インタビュウ、評論、ガイド。
 

「骨のカンテレを抱いて」エンミ・イタランタ/古市真由美訳)Luukanteleen kantaja,Emmi Itäranta,2010)★★★★★
 ――わたしと相棒は依頼人V・H夫人の話を聞いた。H夫人は夫の死後、貸し部屋の賃貸収入で暮らしていたが、夜中に何やら音がすると言って店子が頻繁に入れ替わるのだという。原因を突き止めるためその部屋に泊まってみると、壁に触手のあるあやしい影が映り、掻きむしるような音が聞こえた。

 『水の継承者ノリア』『織られた町の罠』の邦訳があるフィンランドの作家。フィンランドSFの英訳短篇集『Giants at the End of the World: A Showcase of Finnish Weird』収録作。依頼人とのやり取りなど見るからにホームズ譚のようでいて、相棒二人の関係が互いに不可分であり尚かつ男女である等、無邪気な探偵と助手で済む時代ではもはやないのでしょう。この二人がそれぞれ呪文と封印を担っていて、封印=記録というワトスン役のウェイトを考えても、単なるゴーストハントものとも一線を画しています。怪異よりも、仕事の関係であるがゆえに恋愛関係にはなれず、不可分な関係でありながら記録者に甘んじざるを得ない、アンビヴァレントな語り手と相棒の関係が印象に残ります。
 

「乱視読者の小説千一夜(58)2006年映画の旅」若島正
 いつか紹介したい!と思っていたのに実は邦訳が出ていたという、グレアム・ワトキンス『Dark Winds(神聖娼婦)』『Virus(致死性ソフトウェア)』と、マリーシャ・ペスル『Special Topics in Calamity Physics(転落少女と36の必読書)』。スタンリー・キューブリックをモデルにした第二作『Night Film』はまだ未訳のようです。
 

「書評など」
石川宗生『半分世界』は、第七回創元SF短編賞受賞作「吉田同名」を含む短篇集。受賞作はあらすじから円城塔を連想していましたが、評者からはコルタサルの名も挙げられていて俄然興味が強まりました。

『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』ダグラス・アダムスは、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の著者による探偵(?)小説。「ある事件を解決するためにその裏でつながっている“なにか”を探してまるで無関係な場所を駆け回」る、という設定が、小栗虫太郎のパロディみたいで面白そう。コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』は、「奴隷を北部から南部へと逃がす手助けをしていた実在する組織の名」である「地下鉄道」を、実際に地下にあった鉄道として描き出します。牧眞司氏も今月号の書評で取り上げてます。『J・G・バラード短編全集5 近未来の神話』で短編全集は完結。ビルヒリオ・ピニェーラ『圧力とダイヤモンド』キューバの作家の長篇小説。

『近代日本の偽史言説』小澤実編偽史について「アカデミックな歴史研究の視点から取り組んだもの」
 

筒井康隆自作を語る(6)『虚人たち』『虚航船団』の時代〈後編〉」筒井康隆×日下三蔵
 横尾忠則のイラストを復刻した『美藝公』や、真鍋博の新聞連載時のイラストがすべて収録された『朝のガスパール』など。
 

「SFのある文学誌(57)北園克衛のロボット、川端康成の人造人間」長山靖生
 

「NOVEL & SHORT STORY REVIEW 鳥たちの物語」七瀬由惟
 「鳥類がモチーフのダーク・ファンタジイ・アンソロジーエレン・ダトロウ編『Black Feathers: Dark Avian Tales: An Anthology』から、三篇が紹介されています。せめて紹介されている三篇、プリア・シャルマ「カラスの宮殿(The Clow Palace)」、シーナン・マグワイア「カラス科の数学的必然性(The Mathematical Inevitability of Corvids)」、パット・キャディガン「小鳥がささやく(The Little Bird Told Me)」はどこかで訳されてほしいものです。
 

大森望の新SF観光局(60) 帝国よりも大きくゆるやかに――アーシュラ・K・ル・グィン追悼」大森望
 今月からイラストレーターが変わりました。スピーチやブログの言葉が紹介されているので貴重です。
 

ポーランドの作家スタニスワフ・レムをめぐって レム原作・ワイダ監督の短編映画(日本初公開)上映&パネルディスカッション」採録 沼野充義×巽孝之×円城塔
 1955年原作、1968年の短編映画「寄せ集め(レイヤー・ケーキ)」のほか、レム作品についてのディスカッション。またレムが読みたくなってきました。
 

  


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