『福家警部補の挨拶』大倉崇裕(創元推理文庫)★★★☆☆

 和製『刑事コロンボ』シリーズの第一集。主人公の福家警部補は、学生やOLにしか見えない小柄で短髪の眼鏡をかけた女性です。刑事に見えないところは先輩方と同様なれど、コロンボや古畑と比べてまったくアクがなく、徹夜の連続にも耐えられるパワーの持ち主。
 

「最後の一冊」★★★☆☆
 ――祥子は図書室のドアを開けた。江波戸宏久が缶ビールを飲んでいた。「ここは私と図書館よ。飲食禁止よ」「俺はここのオーナーだぜ。親父が死んで、すぐに売り飛ばすつもりだったんだ……」「計画通りにしましょう。保険金が下りたら全額あげる」「はいはい。で、持ち出す本ってのは?」「こっちよ」祥子は脚立の上から声をかけた。「手伝ってくれない」近づいてきた宏久の頭に、ぶ厚い本を振り下ろす。

 コロンボと言えば(さらには倒叙と言えば)、「犯人のミス」だったりするのですが、この作品の場合、決定的な決め手が「犯人のミス」ではなく「とある事情による犯人の意図的な行為」であるところに創意を感じます。そうしたところも含めて、犯罪には向いてない犯人であるので、犯行自体はさほど優れたものではありません。
 

オッカムの剃刀★★★★☆
 ――五年前まで科警研科学捜査部の主任だった柳田は、犯罪学の池内準教授の研究室に入った。「百万入っている、これで最後だ」「話にならない。一週間待ちましょう」池内が背を向けた隙に、柳田は池内の眼鏡とタバコの箱を白衣のポケットに収めた。……闇の中に身を潜め、柳田は金属バットを池内の頭上に振り下ろした。

 福家が犯人を疑うきっかけはミステリでは非常にありふれた状況でしたが、いつ疑いを持ったかを打ち明けるタイミングと、きっかけをつかんだ時と場所を本文に埋め込むプロセスが、非常に優れているため、効果的に決まっていました。単純化を意味する「オッカムの剃刀」というタイトル通り、怪しい奴が怪しかったのです。
 

「愛情のシナリオ」★★★★☆
 ――訪れた小木野マリ子に柿沼恵美はこう言った。「今度のオーディション、降りてくれない?」脅迫は本気のようだ。マリ子はマグカップをそっと睡眠薬を入れる。恵美が意識をなくすと、マリ子はカップを洗い、コーヒーを入れ直し、一階駐車場のBMWのエンジンをかけた。

 犯人は水道水にも直接触れることができない潔癖性で、こうした特殊な性質から犯人がたどられるのであれば、あまりに安易というところです。実際、試行錯誤というよりは福家も一直線に犯人を目指しています。その点いちばんスピード感がありました。では凡作なのか、というともちろんそうではなく、決定的な証拠がどこにあるのか――。犯人からしてみれば、自分で自分に裏切られたような衝撃だったと思います。証拠に関わるある技術的な問題については、誰もが一度は目にしたこと耳にしたことがあるはずです。
 

「月の雫」★★★☆☆
 ――谷元はハンドルを握る手に力を込めた。「もうすぐ着きます」「あんたも用心深いな。ヘッドライトもつけずに運転しなくとも」「佐藤酒造との合併は、社長の私以外誰も知りません。すべたは今年の造りが終わってからです」蔵の前に車を停め、谷元と佐藤は外に出た。タンクに沿って設置された足場を登る。谷元は目をつぶり、肩から佐藤にぶつかった。佐藤は叫びもあげずに水を張ったタンクに落ちた。

 鮮やかなロジックや盲点をつく手がかりがあるわけでもなく、福家が突きつけるのも決定的な証拠ではなく可能性の積み重ねなので、かなり印象の薄い作品ですが、文章上では感じ取ることのできない気温というものがキーになっているのが面白いところでした。
 

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