『街角で謎が待っている がまくら市事件』秋月涼介他(創元推理文庫)★★★☆☆

 『晴れた日は謎を追って』に続き、『蝦蟇倉市事件2』の文庫化です。
 

「さくら炎上」北山猛邦 ★★★☆☆
 ――桜の下に陽子を見つけた。驚かせようとこっそり近づいたとき、駆け寄ってくる男に気づいた。私と陽子が通う蝦蟇倉大学付属高校の生徒だ。二人はどんな関係なのだろう。陽子は唯一の友人なのに。二人はやがて真っ暗な山道に入り、廃墟同然の屋敷に向かった。陽子がバッグからスプレーのようなものを出し、男子生徒の顔に吹きつけた。陽子は今度はナイフを持ち出し、背後に回って抱き込むようにして腹部に突き立てた。

 冗談のようなミッシング・リンクは、しかし思春期の少年少女にとっては想像も出来ないほど大事なことなのでしょう。「世界」が小さかったころの、さらに小さな世界とはいえ。
 

「毒入りローストビーフ事件」桜坂洋 ★★★☆☆
 ――『十月一日午後六時十分頃、蝦蟇倉市のレストラン「骨皮山」で、食事をしていた団体職員猫田真さん(29)が死亡した』――「猫田は自然死だと思うか? 事故死ではないのなら、殺害した犯人はぼくら三人の中の誰かということになる。条件を立てていけば犯人は絞り込めるよ」

 ゲーム要素の強い探偵小説のなかでもひときわゲーム度の高い『毒入りチョコレート事件』をモチーフにしながら、ゲームのままでは終わらずに現実に着地させるのところが、さすが桜坂洋だと感じました。叙述トリックもしっかり決まっていました。
 

「密室の本――真知博士 五十番目の事件」村崎友 ★★★★☆
 ――古書マニアが殺され蔵書が盗まれていた事件。現場近くで目撃された人物の人相は、せどり部の多智花先輩を連想させた。ぼくは彼女であるミステリマニアの藍と、カーの稀覯本を見に多智花さんの部屋を訪れた。「就職するから本を処分しているんだ。おれが明日までに用意する謎が解けたら、この本をやるよ」翌日、密室のなかで多智花さんの死体が見つかり、本が詰まっていたはずの押入は空になっていた。

 第一集に収録の「不可能犯罪係自身の事件」に登場した不可能犯罪係の真知博士がふたたび登場します。先の大山誠一郎作品と同様に、特異な動機が扱われていますが、それをどんでん返しに持ってきたところに、この作品のよさがありました。
 

「観客席からの眺め」越谷イサム ★★☆☆☆
 ――僕はこの街を出て行くが、智代は残る。僕は、智代が好きだ。だけど、智代が好きなのは、顧問の勝田だった。勝田は背中を九箇所、十文字に刺され、部屋には何人もの髪の毛が撒き散らされていた。

 青春小説の皮をかぶった変態たちの饗宴。行為自体が――というよりも、最後の語り手の自分語りが、胃がふわっとするほど気持ち悪い。
 

「消えた左腕事件」秋月涼介 ★★★☆☆
 ――わたしが構えている茶房『白龍』に、疲れた様子の真知博士が入ってきた。「美術館でまたもや奇怪な事件が起こってね……」左腕を切り取られ顔を刃物で滅茶苦茶にされた老男性の死体と、顔と左腕の部分を切り裂かれた絵画が見つかった。防犯カメラの映像と、死体や絵画に作為を施す時間から考えて、容疑者は美術館内にいた五人に絞られたが……。

 これはまた掟破りの、でっちあげられた不可能犯罪です。不可能犯罪係の真知博士や、不可能犯罪が年に十五件も発生する街、という設定を利用したり逆手に取ったりした作品が続きます。てっきりタイトルは「さわん」と読むのかと思ってしまいましたが、野球の話ではありません。
 

「ナイフを失われた思い出の中に」米澤穂信 ★★★★☆
 ――日本の蒸し暑い夏は私たちのものとは異質だとは聞いていた。この街に来たのは、妹の友人だった太刀洗女史に会うためにほかならなかった。「わたしといるより、観光を楽しんでいただいたほうがよくはありませんか。わたしの職業はルポライターです。六日前、十六歳の少年が三歳の姪を刺し殺す事件が起きました」

 著者のことばにあるように「M・D・ポーストの某作」を連想させる仕掛けを、マスコミや輿論といった社会性に絡めた告発として用い、さらにはあの作品のスピンオフでもあるという、贅沢な一篇でした。少年の手記がポーストの某作を意識しているのはもちろんですが、語り手から見た太刀洗の姿も、真相を知ってから見ればまた別の姿が見えるという仕掛けになっています。

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