『夜の床屋』沢村浩輔(創元推理文庫)★★★☆☆

 単行本『インディアン・サマー騒動記』改題文庫化。
 

「夜の床屋」★★★☆☆
 ――僕と高瀬は草深い山道を歩いていた。道に迷ったままたどり着いたのは、無人駅だった。それでも野宿に比べれば天国だ。十一時過ぎ。トイレに行った高瀬が信じられないものを見た。廃屋同然だった理髪店に、明かりがついていたのだ。恐る恐るドアをくぐった僕たちに、店主が事情を教えてくれたのだが……。

 第4回ミステリーズ!新人賞受賞作(応募タイトル「インディアン・サマー騒動記」を改題)。結びの会話からも想像できますが、夜中に人気のない山のなかで謎に出くわしたという状況は、現代版「狸や狐に化かされた」だと言えそうです。秋本という探偵役にもっと非実在感があれば、それこそ夢だったのか事件だったのか……という宙ぶらりん感が生まれて、結びの会話ももっと生きるのに――と思ってしまいましたが、まさかそういう結末が待ち受けていたとは。
 

「空飛ぶ絨毯」★★★★☆
 ――僕は東京から持参したおみやげを八木美紀に手渡した。「イタリアへ留学すること、どうして黙ってたんだよ」一年ぶりに会う地元の友人たちも集まっている。「そういえば泥棒に入られたんだって?」「二か月前に、絨毯だけ」家具やベッドの下から、絨毯だけが取り去られていた。「何となく、絨毯がいつもよりふわふわしていた気がするけど。だからかな、空飛ぶ絨毯の夢を見たけど」「霧のしわざだな」松尾が言うと、「霧といえば、小学生のころ……」八木さんが話しはじめた。

 こうして読んでいくと、著者の特徴は「発想の飛躍」なのだと思います。AとBを結びつける根拠などどこにもない(けれど結びつけてみたら現実とぴったり一致した)――ミステリなんてそもそもそんなものですが、この作品の場合、結びつきがかなりゆるい。「夜の床屋」では、披瀝された「推理」は本当だったかもしれないし間違いだったかもしれない余地が残されていました。この「空飛ぶ絨毯」では、犯人が推理を肯定し、「証拠」まで目の前に現れます。ある人物の死を、不可解な死に方にすることで、海霧が何か起こしそうな奇怪な町の雰囲気の一つに組み込んだり、「その人の死を知らない人物」を作りあげることで、結末の衝撃を演出したり、そうしたドライな手つきの一方で別の人物への救いを用意していたりと、どういう作風なのかうまくつかませないようなところがあります。
 

ドッペルゲンガーを捜しにいこう」★★☆☆☆
 ――水野という小学生の少年が、僕に向かって言った。「同じクラスの中島くんがドッペルゲンガーを見てしまったんです。影を踏んで涙に触れないと呪いがとけません。一緒に捕まえる手助けをしてくれませんか」。いったい何を企んでいるのか興味が湧いて、僕はドッペルゲンガー捜しにつき合うことにした。出かけようとした僕に、永井さんという女の子が声をかけた……。

 発想としてはわからないでもないけれど、そこにむりやり佐倉をからませたために、目的とスケールが見合っていない印象を受けました。
 

「葡萄荘のミラージュ I」★★★☆☆
 ――峰原の別荘には奇妙な遺言があった。百五十年間一切手を加えてはならない。そのままの状態で祖父の恩人であるローランド卿というイギリス人に引き渡すこと。それを破れば財産は失われてしまう。それが折りからの不況で別荘を手放さざるを得なくなり、手放す前に宝探しをしようと僕と高瀬が誘われたのだ。ところが行ってみると、峰原は急用でヨーロッパに発ったと言い、真冬に十数匹の猫が別荘の周りに集まっていた。

 目的がはっきり宝探しとわかっていることもあり、本書中でもっともストレートなミステリでした。とは言っても「暗号」自体が表には見えていないという点で一筋縄ではいきません。横文字は横文字のなかに――木の葉は森のなかに……という盲点をさらに盲点で隠した発想に感服します。真冬に猫が寄ってくるという日常の謎ふうの謎かけが魅力的です。
 

「葡萄荘のミラージュ II」★★☆☆☆
 ――イギリスから峰原の手紙が届いた。写真に一緒に写っている車椅子の女性が、峰原の探していた調香師なのだろう。その峰原が、ベイジル・パーカーという海洋生物学者に、「『眠り姫』がなぜ目覚めたのか、教えてください」と聞いてくれという。

 宝物の正体は「I」の段階で、車椅子の女性の正体についても宝物の正体がわかってしまえば見当がついてしまいます。
 

「『眠り姫』を売る男」★★★☆☆
 ――雷が鳴った。内陸のこの監獄に、潮の香りが漂ってきた。クインという新入りの囚人は、美術商だったらしい。共同経営者を殺したかどで服役している。職業柄、さまざまな顧客から恨まれていて、相棒を殺した殺人犯から身を隠すために、殺人の罪をかぶって安全な牢屋のなかに入り込んだそうだ。だが――ほんとうにそうなのか……?

 第3回ミステリーズ!新人賞最終候補作品。前二作に登場する「宝物」の由来譚です。ファンタジーですが、逃げるクインを追いかける『眠り姫』の動機に発想の転換があり意外性がありました。
 

「エピローグ」★★★★☆
 ――僕は読み終わった小説を、ベイジル・パーカー博士に返した。「どうして『眠り姫』は目覚めたのでしょう?」「『眠り姫』でいる理由がなくなったからだろう。君と話せて楽しかった」差し出された手を握りながら博士の顔を見た瞬間、僕は思わず声をあげそうになった。博士の右目は……。

 個々の短篇を最後に結びつけて連作短篇にする手法は東京創元社ではおなじみですが、これほどぶっ飛んだ結びつけ方は初めてです。「夜の床屋」の弱点だと思われていた点を伏線として回収してしまう手際には、(恐らく後付けなのだろうとは言え)脱帽です。

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