『最初の舞踏会 ホラー短編集3』平岡敦編訳(岩波少年文庫)★★★☆☆

 岩波少年文庫のホラー・アンソロジー、フランス篇。

「青ひげ」シャルル・ペロー(La Barbe bleue,Charles Perrault,1697)★★★☆☆
 ――昔々あるところに、大金持ちの男がいた。男のひげは不気味な青色をしていたため、女たちは逃げ出さずにいられなかった。それでも別荘で過ごすうち、娘はだんだんと慣れてきた。やがて娘は結婚した。一か月後、「大事な用事で地方に行く。奥の小部屋には絶対に入ってはならない」と青ひげは言った。

 有名な「青ひげ」譚。「ホラー色が強まるように少し工夫した」翻訳です。どこがどう工夫されているのか気になるところです。血が消えない魔法があるかと思えば、女の死体がぶらさげられているサイコ・ホラーのような光景もあり、不思議な読後感の作品です。
 

「コーヒー沸かし」テオフィル・ゴーティエ(La Cafetière,Théophile Gautier,1831)★★★☆☆
 ――片田舎に出かけて、屋敷に着いたころにはへとへとに疲れ果て、ぼくは目を閉じた。そのとき火の勢いが強まり、肖像画のなかから太った丸顔の老人が顔を出し、どすんと床に飛び降りた。描かれた人物は次々と抜けだし、ダンスが始まった。ぼくは踊らずにいる女に気づき、一目で恋に落ちた。

 これも昔話やお伽噺のような素朴な作品でした。少女が踊ったら「どんなことになるか」、陽が昇ると魔法が解けてしまうこと、など、スタンダードなファンタジーです。
 

「幽霊」ギ・ド・モーパッサン(Apparition,Guy de Maupassant,1883)★★★★☆
 ――「ぼくと妻の部屋にある机の引き出しから、書類を取ってきてほしいんだ」。友人から部屋と机の鍵を渡されました。屋敷につくと、庭師の老人にいぶかしがられながらも、書類を捜し始めました。そのとき背後でかさかさと音がし、白い服を着た女性が立っていたんです。「どうか助けてください。治してください」

 友人の意図と行方、幽霊の正体、幽霊が何を求めているのか――など、すべてわけがわからないままながらも、支離滅裂な幽霊の言動のなかに髪を梳くといった具体的な描写があるところに恐怖が倍増されます。具体的といえば、「あれから五十六年」という数字にもリアリティがあって怖いですね。
 

「沖の少女」ジュール・シュペルヴィエル(L'Enfant de la haute mer,Jules Supervielle,1931)★★★★☆
 ――大西洋の沖合、水面に浮かぶあの道を、十二歳の少女が歩いている。固い地面を歩くみたいに、水の道をすたすたと。船が近づくと、少女は眠りにつき、村は海の下に消えた。だから水夫も村を見たことはなかった。ほかに小さな女の子はどこにもいないんだ、と少女は思っていた。

 長い船旅のなかつい耽る物思い。失くした我が子。「少し不思議な話」だったものが最後に至り感傷という惨めなものを超えて心に響くのは、そうした隙間が誰の心にも潜んでいる可能性があるからでしょう。
 

「最初の舞踏会」レオノラ・カリントン(La Débutante,Leonora Carrington,1939)★★★☆☆
 ――わたしは昔から舞踏会が大の苦手だったし、とりわけ自分のために催される舞踏会なんて耐えきれません。わたしは動物園のハイエナのところに行って愚痴をこぼしました。「あなた代わりに行ってきてよ。ご馳走はたっぷりあるわよ。夜の明かりだからどうせ見えないわ。変装すればいいの」

 雑誌『MONKEY モンキー』「こわい絵本」特集で絵本版を既読でした。みなさんもっと大事なことがあると思うのですが……ものの見事にハイエナや人食いのことはスルーされてます。「舞踏会」を「参観日」とか「ピアノの発表会」とかにすると、母親や語り手の反応もしっくりくると思います。
 

「消えたオノレ・シュブラック」ギヨーム・アポリネール(La Disparition d'Honoré Subrac,Guillaume Apollinaire,1910)★★★★☆
 ――オノレ・シュブラックは夏でも冬でもゆったりとした外套を着て、スリッパを履いていた。「いざというとき、さっと脱げるようにさ」オノレ・シュブラックの素っ裸の姿が、まるで城壁から抜け出たみたいに浮かびあがった。「ぼくは臆病だからね。か弱い動物たちと同じ能力を身につけたのさ」

 言わずと知れた名作が、次の「壁抜け男」とセットで登場です。(科学的には説得力のかけらもないとはいえ)擬似科学的な説明をつけられていた内容が最終的にはファンタジーとして終わる手際がスマートです。
 

「壁抜け男」マルセル・エーメ(Le Passe-Muraille,Marcel Aymé,1943)★★★★★
 ――デュティユールが能力に気づいたのは四十三歳のときだった。停電のときに暗闇で手さぐりしていると、いつの間にか踊り場に出ていた。ドアには鍵がかかったままだ。思案のあげく、出たときと同じように壁を抜けて入ればいいと気づいた。手始めに、配置換えでやって来た次長を驚かした。最初に押し入ったのは銀行だった。

 アポリネール作品が「擬態」という理由づけを用意していたのに対し、こちらはそういう病気や体質だというのだから、人を食っています。もの悲しさ漂うアポリネール作品と比べてユーモアも勝っています。せっかくの能力を間男が逃げるのに用いるだけというのも情けない話ですが、冴えない人間の自己顕示に使われるこちらの方が惨めさ情けなさの点でも上を行っていました。
 

「空き家」モーリス・ルヴェル(La Maison Vide,Maurice Level,1910)★★★☆☆
 ――男は錠をこじあけてなかに入った。「勝手知ったる他人の家だ」男は食堂に入り、銀のナイフやフォークをポケットに入れた。寝室のドアを開け、整理ダンスの鍵穴を探った。今、何時だろう。置時計が一度だけ鳴り止まった。何も聞こえなくなったのが恐ろしくてたまらなかった。

 どこかで読んだような気がすると思ったら、『怪奇小説大山脈III』所収の野尻抱影のエッセイで紹介されていたうちの一作でした。理性が吹き飛ぶプレッシャーと、想像しうる恐怖を越えた恐怖に襲われます。特に最後に襲われる恐怖は現実的でありながら、一般には無意味で不必要であるだけに、通常ではあり得ないおぞましさを感じました。
 

「心優しい恋人」アルフォンス・アレー(Le Bon amant,Alphonse Allais,1921)★★★☆☆
 ――待ちわびていた彼女が「この部屋、とっても寒いわ。足の先が凍えそう」。彼は燃やせるものを探したが、なにも見つからなかった。仕方がないので妥協案を講じた。恋人に服を脱いで横になってもらい、自分も素っ裸になった。そして自分のお腹を縦に切り裂いた。彼女はほかほかと湯気をあげる腸に足をすべりこませて、歓声をあげた。

 ブラックユーモア掌篇。ある意味ひとつになってるわけですから、いちゃいちゃしていると言えなくもないのかもしれません。
 

「恋愛結婚」エミール・ゾラ(Un mariage d'amour,Émile Zora,1866)★★★★☆
 ――シュザンヌは二十五歳のとき、同い年のミシェルと結婚した。家を訪れるのは夫の友人ジャックくらい。やがてシュザンヌはこの男に激しい恋心を抱くようになった。ジャックのほうも甘い情熱に身をゆだねてしまった。いつか二人のあいだには、ミシェルをやっかい払いしようという計画が生まれていた。

 ファンタジックな作品のあとには、おそろしく現実的でエグい作品が配列されていました。夫殺しの際のもみ合いや傷跡、夫の溺死体の描写など、なるほどこれは記憶に焼き付いてしまうだろうという生々しさです。そんな気の滅入る心理的恐怖の果てに爆発した我慢は、もはやカタルシスといっていいほどでした。
 

「怪事件」モーリス・ルブラン(Un effroyable mystère,Maurice Leblanc,1893)★★★☆☆
 ――元検事フルメル氏は話しはじめた。「あれは恐ろしい惨劇だった。ジョルジュ・ダルネックはルネー家の三姉妹のうち次女のシュザンヌを選んだ。姉妹どうしにいがみ合いはなかった。二人は潔く身を引いたんだ。だが運命は三人に等しく襲いかかった。三人に頼まれたものを持ってジョルジュが次の間に戻ると、そこには死体が三つ。倒れた家具。そして血溜まり」

 ルブランなので期待してませんでしたが、やっぱりそんな出来でした。でもルブランって、こういうB級くさいのは上手いんですよね。これでもか、というくらいの謎と猟奇の大盤振る舞いです。
 

「大いなる謎」アンドレ・ド・ロルド(Le Grand mystère,André de Lorde,1925)★★★★☆
 ――わたしはスケッチ旅行がてら鄙びた漁村に向かい、ブレア=ケルジャンという貴族のお屋敷に滞在することにした。ところが道をたずねた宿屋の亭主から、屋敷の二階には亡くなった夫人の幽霊が出ると聞かされた。ブレア=ケルジャン自身も認める始末だ。九時になると、突然屋敷ががたんと揺れ、ドアがあいた。やがて本棚のガラス扉に薄明かりが灯り、すうっと消えてしまった。

 B級といえば、『怪奇小説大山脈III』を読むかぎりでは、アンドレ・ド・ロルドほどB級の名に相応しい人はいないのですが、意外なことに正統的なゴースト・ストーリーであり、理性的なひとひねりのあとに、狂気のような恐怖がありました。
 

「トト」ボワロー=ナルスジャックToto,Boileau-Narcejac,1971)★★★★☆
 ――「ジョルジュ。モーリスにキャンディでも買ってあげて。ちゃんと手を引いてね」ジョルジュは腹立たしげに大声を出した。「トト、行くぞ」「虱《トト》なんて呼んじゃだめ……」ジョルジュはばたんとドアを閉めた。年がら年中トトと二人連れなんて、ジョルジュくらいの年頃には最悪だった。

 幽霊とはまた違った意味で、我々にはトトの存在は見えません。だからこそ、最後に恐怖することになるのです。誰にも覚えがあるような思春期特有の嫌悪感だからこそ、読んでいるあいだちょっと胸がズキリとしました。
 

「復讐」ジャン・レイ(La Vengeance,Jean Ray,1925)★★★☆☆
 ――ルークスは父親を絞め殺し、女といい仲になった。一か月後、金はなくなり寒い夜を過ごしたが、家には帰りたくない。なにせ寝室の床下には、父親の死体が隠してある。だがウィスキーがあれば怖くなかった。ある晩のこと、泥酔して眠っていると、床板がぎぃっと不気味な音を立てた。見開いた目から、すぐに恐怖が消えた。大きなネズミだったのだ。

 子どものころにこんなの読んだらトラウマになりそうです。それでも一応、直接的なスプラッタ描写はないのが救いでしょうか。
 

「イールの女神像」プロスペル・メリメ(La Vénus d'Iile,Prosper Mérimée,1837)★★★★☆
 ――わたしはイールの鄙びた家並みを見ながら、古い歴史にも詳しいというペロラード氏の屋敷を訪ねた。「イール一のお屋敷だ。おまけに息子さんが結婚する相手というのが、輪をかけた金持ちときてる。見つかった神像をご覧になりに来たんですね。ローマ時代の銅像だって言ってました。底意地の悪い顔なんで」

 刻文をめぐる語り手と素人考古学者のやりとりが、まがまがしさを煽っていました。やりとり自体は軽口めいたものなのですが、瓢箪から駒というか、冗談のなかに真実が紛れこんでいるんですよね。
 

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