中川学による泉鏡花ビジュアル化の新作です。
さほど有名ではない原作ですが、読んでみれば原作自体もまぎれもない傑作でした。
怪しい夢を見た雑所先生が小使の源助に内容を伝える、「昨日な、……昨夜とは言わん。」という言葉。夜に見た夢ではなく白昼夢であることを匂わせる、絶妙の匙加減に、瞬く間に幽玄の世界に引き込まれました。
そして実際に見た最初の凶兆――五六十の赤い猿。これには、申し訳ないけれど、絵は勝てない。実写であればあるいはヒッチコック『鳥』のような恐怖も引き起こされるかもしれませんが、ここでは言葉のほうがよほど怖かったです。
けれどそれはここだけが例外で、それ以外のページのすべてが文章と絵の素晴らしいコラボレーションでした。
火や赤はさまざまな形で作品内に顔を出します。茱萸しかり、消火器しかり。「火」の曜日というのは文字そのものですが、同じ「文字」でも胸に「人」というのは絵があった方がはるかにわかりやすい。なるほど両の乳首が「火」の点なのですね。
その「胸に『人』」の場面。いわば呪いが発動してしまう場面ですが、そこに描かれた絵が、この絵本の白眉でしょう。原作にはないそのイメージが、呪いの発動という絵にも文字にも出来ない「瞬間」として描かれている、その説得力と破壊力たるや。
前作『化鳥』でも感じたことですが、妖艶な美女をきちんと妖艶に描けるのも中川氏のすごいところです。「殿方の生命は知らず、女の操というのは……」。こんな美女にふられたなら、魔物も血迷ってしまうでしょう。そう思わずにはいられないほどです。
表紙の「朱」は橙がかっていますが、本文の「朱」は桃色がかっています。そのせいで火だけではなくどこか血のようにも見えて、あやうい雰囲気を醸し出していました。
朱文字で書かれた日記、少年が握る紅いグミの実、魔人の羽織る赤合羽、城下を焼きつくす紅蓮の炎。あやかしの色彩が乱舞する幻想世界。(帯惹句)
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