『スウェーデンの騎士』レオ・ペルッツ/垂野創一郎訳(国書刊行会)★★★★★

 『Der schwedische Reiter』Leo Perutz,1936年。

 老婦人が経験した少女時代の不思議な思い出。逃亡中の泥坊と脱走中の兵の前に現れる、死者としか思えない粉屋。――幻想と怪奇に彩られて幕を開けた物語は、けれどすぐに、盗っ人と貴族の人物入れ替わりという、何とも少年心をくすぐるロマンへと早変わりします。ましてや泥坊が入れ替わりを決意したのは、一目惚れした少女マリア・アグネータへの恋慕――とくれば、嫌でもある人物を連想してしまいます。

 アルセーヌ・ルパン。

 機知によって銃を持った騎兵隊を退け、同牢の首曲がり、逃亡坊主で錠破りの火付け木、早耳のファイラント、変装の名人ブラバント人、赤毛のリーザを率いて、神出鬼没に教会の財産を盗み、やがて名と姿を変えてマリア・アグネータの許へと現れます。

 傾きかけた領地の復興に精を出し、娘マリア・クリスティーネも生まれ、幸せのさなかふたたび姿を見せた部下たちにおののき、やがてある決意をすることになります。――ここに来て読者は、冒頭で語られた回想録が予言にほかならなかったことを知るのです。斯くして冒険ロマンは幻想と怪奇へとふたたび収斂しました。

 それにしても、首曲がりとマリア・クリスティーネの別れ際のやりとりの、何と微笑ましいことでしょう。「戦いのところまでは遠いの」「物指しを貸してみな、測ってやるよ」「行ったきりで帰らない人がいっぱいいるんだって」「ならわかるだろ、戦はいいもんだって/ひどいところなら、みんな逃げ帰るはずじゃないか」

 1701年冬、シレジアの雪原を往く二人の男。軍を脱走しスウェーデン王の許へ急ぐ青年貴族クリスティアンと、絞首台を逃れた宿無しの市場泥坊は、追っ手をまくため身分を交換して、それぞれ別の道へ。貴族と泥坊、全たく対照的な二人の人生は不思議な運命によって交錯し、数奇な物語を紡ぎ始める。北方戦争時代のシレジアを舞台に、美しい女領主、龍騎兵隊を率いる〈悪禍男爵〉、不気味な煉獄帰りの粉屋、〈首曲がり〉〈火付け木〉〈赤毛のリーザ〉をはじめとする盗賊団の面々ら、個性豊かな登場人物が物語を彩り、波瀾万丈の冒険が展開されるピカレスク伝奇ロマン。(カバー袖あらすじ)

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