『ミステリマガジン』2019年3月号No.733【華文ミステリ】

「特集 華文ミステリ」

「往復書簡 陸秋槎⇔法月綸太郎
 「中国の読者は、欧米と日本ミステリにおける反リアリズムを簡単に容認できますが、中国作家が書いた作品には厳しい」というのはわかる気がします。海外というフィルターを通すと、それだけで現実との距離感が出て来るので、ちょっとくらいリアリティがなくてもそれほど気にならないんですよね。ほかに中国では評論が育っていないという話題があげられていました。
 

「陸秋槎を作った小説・映画・ゲーム・アニメ」陸秋槎

「1797年のザナドゥ」陸秋槎(1797年的仙那都,陆秋槎,2016)★★★★☆
 ――サミュエルは金のごとく筆を惜しみ、詩を書きしるすことを矜恃で拒んだ。ドロシーがサミュエルの許を訪れると、サミュエルは温めている詩のアイデアの元となった旅行記を読み聞かせた。……ザナドゥにあるクーブラ・カーンの宮殿で、魔術師アルグンが同じく魔術師クンガータクに侮辱され、離れたところから魔術で刀を動かして胸を貫いてみせると宣言した。

 ワーズワースの妹とサミュエル・コールリッジの交流と、コールリッジの詩「クブラ・カーン」成立過程を描いた作品です。魔術による決闘という舞台が、いかさまできないように隔離したり被害が他人に及ばないように人払いされたりと、不可能犯罪の舞台に整えられてゆくのが強引ながらも面白い試みでした。この作品も法月氏が往復書簡で述べているような「異世界本格」でした。コールリッジの心理状態と重ねられた作中作という趣向があるため、人工的なのもむしろ当然で、多少強引でも不自然さはありません。
 

「陸秋槎氏トークショー 華文推理作家の出来るまで」聞き手:稲村文吾/文・構成:白樺香澄
 今は日本在住なんでしたっけ。新本格やアニメだけでなく、芹沢央『今だけのあの子』までカバーしているのが意外でした。雑誌のインタビューで米澤穂信が言った「青春以前小説」という言葉を使っていたりと、本当に日本の作品や作家に大きな影響を受けているようです。『メルカトルかく語りき』を意識したという『文学少女対数学少女』が読んでみたいです。麻耶作品を意識してどれだけの完成度のものが書けるかと考えると、怖いもの見たさみたいなところはありますが。『元年春之祭』の「於陵葵」の名前は『隻眼の少女』の「御陵みかげ」が元ネタだそうです。「もちろんです」だって(^^;。
 

「華文ミステリ元年、あるいは華文ミステリの春」松浦良宏
 特集タイトルとなっている「華文ミステリ」とは聞き慣れない言葉だと思っていましたが、もともとは島田荘司周辺で使われていた言葉が、帯に「華文ミステリー」と書かれた陳浩基『13・67』のヒットで一気にメジャーになったとの由。
 

「ファン・チェン・ファン」陳舜臣
 1997年7月の日本推理作家協会会報に載った文章の再録ですが、中国系作家というつながりのほかは、「『推理小説』という日本製用語が、いつの日か中国で熟し、それが盛んになることを期待している」というところに特集との関連があると言えばあると言えないこともないという程度でした。
 

「生命の歌」王晋康/立原透耶訳(生命之歌,王晋康,1995)★★☆☆☆
 ――二十年前、DNAの研究で行き詰まってしまった父親は、慶雲が同じ研究をしている韓国人に嫁ぐことに反対した。そして今、夫の重哲から研究が成功したという連絡があった。五歳児の知能で成長が止まってしまったロボット元元の成長の鍵を見つけたらしい。だが重哲が元元の胸を開けて作業している最中に爆弾が爆発した。人類に危害を加えるようなことがあれば自爆装置が働く仕組みになっていたが……。

 訳者が著者から送られた最終版。鉄腕アトムのような「成長しないロボット」の問題や、ロボット三原則のような「人間に危害を加えないシステム」などの古くさいテーマを、遺伝子というくくりで捉え直したのは創意でしょうし、機械も繁殖するという結末は面白いと思いました。ただ、キャラクターが安いドラマみたいだし翻訳も雑すぎでした。
 

「面白い中国ミステリをお届けする」張舟
 行舟出版の創立者。刊行予定の作品のなかでは、「『西遊記』に“どうつながっている”のかは衝撃の真相が明らかになった瞬間に理解できる」という陳漸の〈西遊八十一事件〉シリーズ第一作『大唐の奈落』が面白そうでした。刊行予定ではなく「紹介したい」作家のなかに、アジア本格リーグ『蝶の夢 乱神館記』の著者、水天一色の名前が挙がっているので、ぜひ紹介してほしい。
 

香港ノワール昨日・今日・明日ジョニー・トーを中心に~」三橋曉

「中国のお隣、韓国ミステリ近況」藤原友代

早川書房の二〇一九年のアジア・ミステリ刊行予定」
 『13・67』の陳浩基の短編集『ディオゲネス変奏曲(仮題)』や、『元年春之祭』の陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り(仮題)』など。
 

「藍《あお》を見つめる藍《あお》」陳浩基/稲村文吾訳(窥伺蓝色的蓝,陈浩基,2009)★★★★☆
 ――藍宥唯は「群青の家(深藍小屋)」というサイトを見るのが日課だった。「藍」というハンドルネームのこの女を、藍宥唯は愛しているわけではない。愛するのは支配の感覚、陰からのぞき見ることの快感だった。次に藍宥唯はアンダーグラウンド掲示板を訪問した。「ネットにいい女を見つけた」題名は明快で飾り気なく事実を説明していた。ブログを見つけてからもうすぐ一年。家も見つけて、仕事と家族のことも調べた。かなり近づいた。そろそろ手を出す。

 以前から気になってはいたものの初めて読んだ著者でしたが、本格ミステリの作法を自家薬籠中のものにしているという印象を受けました。そうした驚きがなくとも文章もこなれているので犯罪小説として語り手と被害者の運命に手に汗握りながら読んでいました。ターゲットに接触してからの意外な展開に、どういうことなのかとハラハラしました。思えば『十角間の殺人』はミステリマニアによるサークルネームという強引な設定でしたが、現在ではハンドルネームという形で違和感なく書けるので、こうした犯罪小説風の作品に本格ギミックを仕掛けられるのですね。
 華文ミステリ特集はここまで。
 

「理にかなった行動(再録)」パレ・ローゼンクランツ/服部理佳訳(A Sensible Course of Action,Palle Rosenkrantz,1909)★★☆☆☆
 ――キエフ出身のヴォルコンスキー伯爵夫人が、義弟に命を狙われていると言ってコペンハーゲン警察署を訪れた。ホルスト警部補が義弟に確認しにゆくと、夫人が処分している財産に自分に関わりのあるものもあるため追いかけて来たのだが、夫人は息子を殺したのが義弟だと思い込んで恐れているのだという。一方の夫人によれば、夫人はかつて反体制派の夫と義弟をロシア政府に売り、そのために義弟に命を狙われているのだという。

 著者はデンマーク初のミステリ作家と言われているそうです。『ミステリマガジン』2010年11月号の北欧ミステリ特集の再録。華文ミステリとも関係ないし、デンマークや著者が話題になっているわけでもないし、なぜ再録されたのかが不明です。メグレ夫人を思わせる警部補の妻ウラの存在が印象的でした。「ロシアだから」がネタではなくロシアという存在が身近なところが北欧ならではなのでしょうか。
 

「書評など」
 ジョーン・リンジー『ピクニック・アット・ハンギングロック』、キム・ニューマン『モリアーティ秘録』、レオ・ペルッツ『どこに転がっていくの、林檎ちゃん』などのほか、台湾作家呉明益『自転車泥棒ブッカー賞候補作。「厳密な意味ではミステリではないけれど、壮大な歴史小説がお好きな方はぜひ」とのこと。

城平京『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』は。『虚構推理』シリーズの最新続編の短篇集。三冊目も計画中とのことで、嬉しい。
米澤穂信『本と鍵の季節』、伊坂幸太郎『フーガはユーガ』、『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』、町田暁雄編『刑事コロンボ読本』も。
◆ノンフィクションは盛口満『めんそーれ!化学』、古典復刊はアイリッシュ夜は千の目を持つ』、チェスタトン『奇商クラブ』
◆DVDはウィリアム・ゴールドマン長篇の映画化『殺しの接吻』。ゴールドマン追悼ということでゴールドマンの話がいろいろ。『さむけ』のシナリオが残っているそうです。『ワイルドカード』の原作『Heat』は未訳なんですね。
 

「迷宮解体新書(108)赤松利市」村上貴史
 経歴が面白い新人さんです。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(111)カントリー・ハウス・マーダーX7」松下祥子
 スチュワート・タートン『イーヴリン・ハードカースルの七つの死』(Stuart Turton,The Seven Deaths of Evelyn Hardcastle)は、クリスティーみたいな作品を書きたかった著者による、仰天の展開のデビュー作。タイム・ループのなかに閉じ込められた主人公が、七回別の人物の体に入っているうちに殺人の犯人を特定できなければ永遠にループから抜け出せなくなる……というぶっとんだ内容のカントリー・ハウスもの。
 

「おやじの細腕新訳まくり(13)」

「失われたエピローグ」ヘンリイ・ケイン/田口俊樹訳(Lost Epilogue,Henry Kane,1948)★★★★☆
 ――チャンプは六ラウンドでKOされた。観客もトレーナーもマネージャーも八百長を確信していた。一ラウンドが始まってすぐ後頭部に肘が当たっただけだ、見てただろ? 確かに、一度だけならいいかって買収されたよ。だけどそのあと眼が覚めたんだ。だから申し出は蹴ったよ。おれはあんたを裏切ってない。

 動き出してしまえば最後の瞬間を避けられない運命ならば、せめて誇りを守れたのが幸せでしょうか。主に台詞のやり取りを中心に徐々に状況が明らかになってゆくのですが、肝心の事情についてはほとんど主人公が説明しているような形になっています。周りが聞く耳持たないからそうした形にならざるを得ないわけで、この台詞の応酬スタイルによって臨場感が高まっていました。
 

「映画『天国でまた会おう』クロス・レビュー」千街晶之真魚八重子
 ピエール・ルメートル原作映画。
 

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