『ユダの窓』カーター・ディクスン/高沢治訳(創元推理文庫)★★★★☆

 『The Judas Window』Carter Dickson,1938年。

 新訳版――というか、創元から出るのは初めてなんですね。

 作品そのものもさることながら、なんと巻末に瀬戸川猛資の座談会を初活字化! 瀬戸川猛資×鏡明×北村薫×斎藤嘉久(×戸川安宣)という豪華な顔ぶれが、カーを語っています。本書『ユダの窓』については触れられていませんが。

 プロローグに「起こったかもしれないこと」として、被告人の視点から見た事件発生までの過程が記され、第一章からはすぐに裁判の様子が描かれています。被告側弁護人として立つのは、我らがH・M卿。いみじくもケン・ブレークとイヴリンが会話しているとおり、H・M卿がどうして裁判前にとっとと事件を解決してしまわなかったのか――が気になるところですが、たいした理由はありませんでした(あの時点でああいう状況で言っても信じてもらえない云々)。法廷ものをやりたかっただけなのでしょう。

 状況証拠でがんじがらめになっていて、どう考えても被告に不利な状況を、H・M卿が打破するからこそ面白いとも言えるのですが、事件当日に被告がおかしな行動を取ったり法廷で取り乱したりと、作者が話をさらに面白くするため被告に不利な印象を与えようと無理に頑張りすぎているきらいもあり、ここら辺はサービス精神が裏目に出ちゃったな、という印象でした。

 ハヤカワ版で読んでいたのでトリック自体は覚えていました(というか忘れようがありません)が、裁判の駆け引き部分はまったく覚えていなかったので、新鮮に読むことができました。

 実は裁判が始まった時点でH・M卿には真相がわかっていて、事前工作すらしているんですよね。でも読者やケンには初めのうちそれがわからないようになってます。

 最初にH・M卿が一矢を報いるのが、イヴリンも「お爺ちゃん、とうとうやったわね」という場面です。ちぎれた矢羽根のところですね。裁判の証拠というよりはいかにも探偵小説的な、みんなの前での実演による、先入観の転覆なのですが、まあさすが手慣れたもの、鮮やかです。

 被告の婚約者メアリが証言台に立ったあたりから、何でもありの混乱状態に陥り、次はどうなるのかそもそもそれで被告の無罪が証明されるのか、息もつかせぬ展開です。それ以前からも、証人喚問の合間やその日の終わりにケンやH・M卿たちのおしゃべりが入ったり、関係者を訪ねて行ったりしているので、一本調子にならないように作られてるんですけどね。

 真犯人の凶器隠しに、「妖魔の森の家」を連想しました。こういうさり気ないところが上手いと思います。

 厳粛であるべき法廷とはいえ、なにせH・M卿のことゆえ、「せめて、陪審を殺意の宿った目で睨め回すのだけはやめてほしい」といったような笑いどころも随所にありました。

 被告人のアンズウェルを弁護するためヘンリ・メリヴェール卿は久方ぶりの法廷に立つ。敗色濃厚と目されている上、腕は錆びついているだろうし、お家芸の暴言や尊大な態度が出て顰蹙を買いはしまいかと、傍聴する私は気が気でない、裁判を仕切るボドキン判事も国王側弁護人サー・ウォルターも噂の切れ者。卿は被告人の無実を確信しているようだが、下馬評を覆す秘策があるのか?(カバーあらすじ)

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