『S-Fマガジン』2019年8月号No.734【『三体』と中国SF】

「天図」王晋康《ワン・ジンカン》/上原かおり(天图,王晋康,2017)★★☆☆☆
 ――明日の科学に関するものだと言って老人が持ち込んだ図面は、交通事故で生き残った自閉症の少年が書いたものだった。科学者やサイエンスライターの交流を企画する会社社長・易は、その図の鑑定を著名な物理学者・沈に依頼する。沈がその図を読み解くと、物理学の公式で構成されたツリーが現れた。

 解説によれば、中国のSF四天王の一人であるベテラン作家とのこと。天才児によって明らかにされた科学の道すじという壮大な内容のわりに登場人物が総じて子どもっぽく、発想に筆が追いついてない印象でした。
 

「たゆたう生」何夕《フー・シー》/及川茜訳(浮生,何夕,2016)★★☆☆☆
 ――鶯鶯《インイン》はE=mc2という偉大な公式を証明する最後の人間だった。父の敖敖《アオアオ》は鶯鶯に対して二百年間で九十億人に九十億回の実験をさせて間違いのないことを証明させてから、冷凍冬眠から鶯鶯を目覚めさせてふわふわと物質のない姿に変じた。鶯鶯は灰灰《ホエイホエイ》が紫色の手を伸ばし、鶯鶯のみずみずしい紅色の肌に触れていた記憶を反芻した。灰灰がこの天空のどこかにいることはわかっていた。だがそれを感じ取れるすべはなかった。

 同じく四天王の一人。壮大で観念的な作風は、自己満足的で正直苦手です。
 

「南島の星空」趙海虹《ジャオ・ハイホン》/立原沙耶訳(南岛的天空,赵海虹,2017)★★★☆☆
 ――八年前、平安市に珍珠城がそびえはじめ、毎朝五時に珍珠城が自ら清掃して一日分の灰色のスモッグを外膜に流れ落とした。一層の膜が平安市を二つの部分に分割していた。珍珠の内側の人と外側の人に。珍珠城に入ることは「外の人」の夢だった。妻の天琴は環境保護資材を普及させる仕事についており、十歳の娘・小鴿を連れて珍珠城に入り生活していた。スモッグに覆われたこの時代において、天体観測者という啓明の仕事に何の意義があるというのか。

 四天王の二人の作品が中国という固有の国柄から離れた作風であったのに対し、この作品は現実の中国の社会問題を極端にデフォルメしたような「折りたたみ北京」のような世界観に基づいていました。“身分の違う”娘と星の見えない空で天体観測をするという、いかにもクサい話ではありますが、それがまたわかりやすいのも確かです。
 

「だれもがチャールズを愛していた」宝樹《バオシュー》/稲村文吾訳(人人都爱查尔斯,宝树,2014)★★★★☆
 ――チャールズ・マンはレースで連勝し、ベストセラーを生み出し、数々の美女と浮名を流した。脳橋チップを埋め込む手術をすれば、感覚配信を受信してチャールズの感じたこと体験したことをそのまま体験できる。直人も受信者の一人だった。隣の家の南から好意を寄せられているのは知っているが、チャールズの女性遍歴のあとでは興味を持てなかった。チャールズは今日も女性警察官を口説こうとしたが、堅苦しい警官相手では調子が狂う。

 本作は代表作の一つとのことで、今号特集でも質量ともにベストの出来栄えです。二次創作として『三体』の続編を書いたところ、著者に認められて出版されたという経歴の持ち主。そういった経歴も含めていろいろ現代作家らしいところのある作品で、ヒロインの名前が朝倉南と書かれたときには本気で気持ち悪いと感じたものですが、内容はなかなかどうして本格的。新技術による人類支配という古典的なSFが、Youtuberの延長線上になるようなカリスマ配信者という形で現代的にブラッシュアップされていて、南の反応が常識的だと思うものの、人によっては直人に共感するのかもと感じてしまったりもします。陰謀論を真相にしてしまうところも皮肉が効いていて面白い。
 

「『三体』と近代の終焉」千野拓政
 日本で初めて『三体』を訳載した教授だそうです。若い世代の活字読者に関する「ライトノベルやマンガの読者の多くは、それとともに、愛好家同士のコミュニケーションを求める」という考察は、現状を的確に射抜いているように感じられます。「読者層はすでに変わりつつあり、村上春樹はそれに呼応した数少ない作家の一人なのかもしれない」という一言には、薄ら寒くなりました。実際、これまで読んだアジア圏の現代文学って春樹もどきばっかりだしなあ。これからは春樹もどきが増えてゆくのか……。恐らくは「これまで純文学を読むとき、作品を通じて人間や社会の真実に触れることを求めてきた」というのもかつての多くの読者にとっては事実なのでしょうが、とすると小説なんてもともと読まれてなかったのでは――。「作品を通じて人間や社会の真実に触れる」というのは、わたしの知っている小説とは違うものです。
 

「傷痕文学からワイドスクリーン・バロックへ」陸秋槎
 中国には「文化大革命を経験した作家たちが時代の傷痕を描いた」傷痕文学なる作品群があるのだそうで、著者によれば『三体』はSFと傷痕文学のコラボレーションだそうですが、傷痕文学はもちろんまだ『三体』すら読んでいないわたしには何のことやらわかりません。
 

「NOVEL&SHORT STORY REVIEW」鳴庭真人
 中国SF特集に合わせて、華人SF作家が取り上げられています。テッド・チャンの第二短篇集が出たそうです。
 

「SFのある文学誌(65) 五〇年代SF作家としての福永武彦――「地球を遠く離れて」そして『モスラ』」長山靖生
 

「書評など」
◆映画は『ハッピー・デス・デイ』『ハッピー・デス・デイ 2U』『ゴーストランドの惨劇』の2本で、どちらもホラーで、どちらも面白そうです。『ハッピー・デス・デイ』『2U』は、ホラー映画で真っ先に殺されそうなビッチが実際にすぐ殺されてしまうが、タイムリープでその日を繰り返すというもの。

◆テレビドラマ『グッド・オーメンズ』は、テリー・プラチェットニール・ゲイマンによる同名小説が原作で、かつてテリー・ギリアムが映画化を目指したこともあるそうです。

◆小説からは、伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触』、陳浩基『ディオゲネス変奏曲』、ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』(ドーキー・アーカイヴ)など。
 

「子連れの戦車」ティモシー・J・ゴーン/酒井昭伸(Burning Up Baby,Timothy J. Gawne,2012)★★★☆☆
 ――走ればおのずと隆起を均してしまうサイバータンクにとって、この惑星のハイウェイは破壊の心配せずにかっとばせる場所の一つだ。そこでホライズン級の旧友と再会した。「やあ、オールド・ガイ。どう、最近?」「まずまずだな」「そういえば、きみとダブルワイドの子作りの許可がおりたんだってな。おれは賛成に投じておいたよ」。ダブルワイドは戦闘力に特化したマグマ級のタンクだ。わたしたちはゴースト級の車体をベースに選び、新たなサイバータンク精神の創造に着手した。だが完成した新生タンクに語りかけても何の反応もなかった。失敗かと思われたが、わたしは根気よく問題解決に取り組んだ。

 「ガールズ&パンツァー」戦車SFII特集より。2018年2月号に訳載の「サイバータンク対メガジラス」に続くサイバータンク〈オールド・ガイ〉シリーズの第二話。人類が去ったあとで自律する戦車の共同体というユニークな世界で、戦車同士による子作りという「どうやって?」と興味を惹かれるも、それだけにあざといとも思ってしまいます。子どもが目覚めなかった理由が科学的でも何でもないのにはがっかりで、その他の部分をざっくり削って、見どころである自律機械同士による戦闘シーンだけでも成立しそうな作品でした。
 

大森望の新SF観光局(68)『三体』こぼれ話」
 訳者に大森望の名前があるので、てっきり英訳からの重訳を立原沙耶が監修したものかと思っていましたが、中国語からの翻訳日本語を大森望がリライトする役目だったようです。ジェフリー・フォード『白い果実』の山尾悠子みたいなものですね。
 

「イベント採録:SF雑談4 世界の合言葉は百合」堺三保里見哲朗・宮澤伊織・梅澤佳奈子・溝口力丸SFマガジン編集部)
 巻頭のカラーページによれば、2019年2月号の百合特集はSFマガジン創刊以来初の3刷となったそうで、調子に乗って百合アンソロジーや百合フェアまで始まっています。伊藤計劃『ハーモニー』も(恐らくはそういう文脈で)単行本版の装幀に戻されました。アンソロジーはほとんどが本誌掲載作の再録で、読んでみたいのは陸秋槎くらいなので、アンソロジー好きとしても手は伸びません。

 百合特集でもそうでしたが、百合の説明として「女性が女性に抱く関係性」と、ことさらに「関係性」という言葉を使っているのがエクスキューズのようで気持ち悪かったのですが、どうやら「僕らは『百合』って少し古い言葉のような認識でいたのですが、最近はうまくアップデートされたような印象です」という言葉にあるように、たぶん言葉は同じだけれどまったく違うものを指しているのでしょう。

 百合には門外漢の堺氏に対する、「『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観て、ヒーロー映画だとは思ってもSFとは思わない」という説明はわかりやすい。同じく堺氏の「『けいおん!』は百合じゃないよね?」という疑問に対する会場の反応も衝撃的で、どうやら確実に違う世界が存在しているようです。

 とはいえ「ケン・リュウも(中略)SF作家」「全体を包括して広がっているのが僕とかの言う百合ジャンル」というのはさすがに都合よく解釈しすぎで、かつてとは男女比が逆転して男性読者が多くなっているという現実を見れば、百合が(ロリなどと同じく)オタクの欲望消費アイテムとして受け入れられているというのが実際のところだと思うのですが。けれどジャンルや定義や取り組む姿勢など、参加者はいたって真摯です。
 

「幻視百景」(21)酉島伝法

  


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