『シャーロッキアン!』1~4 池田邦彦(双葉社ACTION COMICS)

 家の整理をしていたら出てきたので久しぶりに読み返しました。

 シャーロッキアンの大学教授・車路久と女子大生・原田愛里がホームズにまつわる事件を通して、人の心の機微に触れ、ホームズ物語の謎や周りの人たちの悩みを解決してゆくストーリー。

 以前に読んだときには、第1巻の切り裂きジャックを別にすれば、クサい人情ものが多く、第3巻では教授と学生の恋愛ものになってしまってげんなりしたのですが、読み返してみるとそこまで悪くありませんでした。

 白眉は何と言っても第1巻第3話切り裂きジャックの正体」でしょう。作中人物の言葉を借りれば、ベアリング=グールドによる「単なる憶測」に「きわめて有力な傍証を与えた」とあるように、シャーロッキアン的ペダントリーとミステリ的な切れ味が見事に融合した作品でした。

 ただよく読むとジャック最後の事件が1888年11月で『四つの署名』刊行が1990年2月なので、一年の開きがあるんですよね。「犯行が途絶えた理由」=「ジャックの逮捕」だと思わなければ別に矛盾でも何でもないのですが。

 2巻あたりからはミステリ的にもたいしたことのないクサい話ばかりになってしまうのですが、このクサさこそが本書の特徴でもありました。

 クサさ――人情とも人の心の綾とも言い換えてよいのですが、そういった観点からシャーロッキアン的な謎に光を当てるのが、著者の作風と言えそうです。

 第1巻第7話「大空白時代の真実」では、復活したホームズの人が変わったようになってしまった理由を、4年の歳月を要する重みのせいだと解釈して、愛里は或る仮説を唱えます。

 第2巻第10話ハドスン夫人ターナー夫人」では、ワトスンが下宿のおかみさんの名前を間違えたわけを、作中時間と書誌学的日時をすりあわせて解き明かします。これは「切り裂きジャックの正体」でも用いられた手段でした。

 第3巻第22~24話アイリーン・アドラーの光と影」では、アイリーンが国王の写真を手放さなかったのはなぜか?――が事件の重要なカギとなります。教授自ら「証明する術はない」と言ってはいるものの、説得力では「金目当て」に劣っていません。

 第4巻第34~36話アガサ・クリスティの失踪」。「チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン」に出てくる女中アガサとは、アガサ・クリスティのことだったのではないか?というのは昔からあるシャーロキアンネタですが、著者はそこからさらに一歩踏み出し、失踪事件の理由と関連付けて見せました。

 英語に関するネタもいくつかあるのですが、どこまで信用していいんでしょうね? 第3巻第27話「さらば忘れえぬ女性」では、「late Irine Adler」の「late」には「旧姓」の意味もあると書かれていましたが、OEDを見てもそういう用例は見つかりませんでした。

 同じく第3巻第19話「ベイカー街の子犬」では、『緋色の研究』でワトスンが「ブルドッグの子犬を飼っている」はずなのにその後は犬が出てこない謎に言及されています。「keep a bull pup」には当時のインド英語で別の意味があったことが説明されていますが、これ自体はそういう研究があるようです。そういう使用の実態があったのか、そうだったのではないかという推測なのかまでは、わかりませんが。

     


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