『南十字星共和国』ワレリイ・ブリューソフ/草鹿外吉訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)★★★☆☆

 『Земная ось』Валерий Яковлевич Брюсов,1911年。
 

「地下牢」(В подземной тюрьме,1901-1905)
 ――征服された軍司令官の娘はスルタンの大宰相になびこうとしなかったため、地下牢に入れられた。牢番に犯され、殴られたが、マルコという青年受刑者と恋に落ちた。

 幻想味は薄く、貴賤間のロマンスです。身分というものが絶対的に存在することが前提になっている時代と世界のお伽噺でした。
 

「鏡の中」(В зеркале,1902-1906)
 ――わたしは幼いころから鏡が好きでした。ところがあるとき鏡の中でわたしの姿をした女が、傲慢な挑戦をこめてわたしを見つめていました。不意に、鏡のうちの女が立ち上がりました。気づけばわたしは鏡の中でした。

 鏡に対する語り手の感受性が、昏いながらも光っていました。「精神病医の記録より」と副題されているとおりの結末を迎えます。
 

「いま、わたしが目ざめたとき……」(Теперь, когда я проснулся,1902)
 ――わたしはそれと知りつつ眠っている状態が好きだった。夢の中でわたしは女たちを陵辱し、殺人をおかし、また刑吏にもなった。だがわたしを救ってくれようとした友人たちが、妻を紹介してくれた。

 前話に引き続いて狂気の作品が置かれています。
 

「塔の上」(В башне,1902-1907)
 ――わたしの夢みたのは、どこやら海のほとりにある騎士の城郭であった。

 再び「夢」。
 

「ベモーリ」(Бемоль,1903)
 ――アンナ・ニコーラエヴナは文房具店「ベモーリ」の売子だった。夕方になると店の主人が姿を現し、客寄せが下手だといってアンナを責めるのだった。アンナは自分のお気に入りをいい場所においてやった。

 これまでは「夢」だった「自分だけの世界」が、今度は現実のお店という形をとります。当然ながら自分だけのわがままが通るわけもなく、自分の世界の外から見たお店は、別の世界のものでしかあり得ませんでした。
 

「大理石の首」(Мраморная головка,1903)
 ――わたしだって若いころは面白おかしく暮らしたものです。その女はニーナという小役人の女房でした。やがて夫といっしょに南部に行き、病死したということです。その後、錠前を直すために呼ばれた家で、大理石の頭像を見かけたのです。

 語り手は自己解説していて、自覚的な分だけ、まだ狂人ではありません。
 

「初恋」(Первая любовь,1904)
 ――ぼくの初恋は違ったものだった。はっきりいうと、愛情が全然なくって、憎しみがあっただけだ。

 人と違うアピールみたいで微笑ましい。
 

「防衛」(Защита,1904)
 ――わたしは未亡人のエレーナ・グリゴーリエヴナに恋患いしていました。吹雪の日、エレーナの屋敷を訪れ強引に泊めてもらいました。すると自分の姿がなくなった彼女の夫に似ていることに気づいたのです。わたしは夫の恰好をして、彼女の寝室に向かいました。

 本書のなかにあるとむしろ異色な、オーソドックスな怪奇譚です。とはいえ、無論これもまた語り手が第三者から聞いた話、という形を取っているので、怪異の真実性は保証されません。
 

南十字星共和国」(Республика Южного Креста,1904-1905)
 ――南十字星共和国は、いまを去る四十年前、南極諸地方に存在した鉄鋼工場のトラストから生まれたものである。共和国の首都は「星の都」と呼ばれ、極地点に位置していた。そこで「自己撞着狂」が伝染性を帯びるに至った。

「姉妹」(Сёстры,1906)
 ――ニコライは恍惚と苦悩によって三人の姉妹に蜜蝋のように結びつけられていた。結婚したばかりのリージャは恥じらいをふくんだ女性だった。だがたちまちにしてリージャのいまひとつの顔が出現する。

「最後の殉教者たち」(Последние мученики,1906)
 ――あの蜂起の日、ぼくはアダマンチイにたずねた。「これをどう考えているんだね」「最後通牒だと思っている。三千年にわたって存在してきた新世界が崩壊するんだ」

 滅び三部作とでも言いたいような、崩壊の作品たちでした。
 

  


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