「ハニーサックル・コテージ」(Honeysuckle Cottage,1925)★★★☆☆
――「幽霊をお信じになりますか」マリナー氏が言った。マリナー氏の遠縁の探偵小説家ジェイムズ・ロドマンは、ロマンス小説家である叔母の屋敷を相続した。ところが書斎でタイプライターに向かうと、いつの間にか出したくもない女の子を登場させていた……。
記念すべきマリナー氏ものの第一作。ロマンス小説家のロマンス要素がその家の住人に祟り憑くという、怖くはないが厄介な心霊現象が描かれています。「おじさま」がジェイムズの名前を間違えまくるというベタな笑いがたまりません。
「レジー・ペッパー・シリーズ」
「不在療法」(Absent Treatment)★★★☆☆
――ボビーは半径六キロ以内で最大のうすらぼんやりだった。奴が人並みの知性を見せるためにはダイナマイトが必要だった。つまり結婚である。奥さんに家を出ていくと言われては、奥さんの誕生日を思い出さないわけにはいかない。
レジー・ペッパーはバーティー・ウースターの原型だそうです。レジーのキャラよりも、女ってものは……トホホ……な感じの強い作品でした。
「セリフと演技」(Lines and Businesses)★★★☆☆
――哀れなフレディーが婚約者のアンジェラ・ウェストとケンカしたので、僕は一肌脱ぐことにした。砂浜にいた太った女の子がウェスト嬢のイトコであると結論づけ、溺れかけていたところをフレディーが助けたことにしようというのだ。いい考えだった。女の子がイトコでも何でもないという点を除けば。
ジーヴスもの「フレディー救出作戦」に改作されて『それゆけ、ジーヴス』に収録されているとのよし。
「ダギー救出作戦」(Disentangling Old Duggie)★★★★☆
――親友のダギーが悩んでいたので、占い師を紹介してやったところ、あろうことかダギーがその占い師と婚約したらしい。ダギーの恐るべき姉のフローレンス・クレイが言うには、僕に責任があるという。
シリーズもだんだんと波に乗ってきて、「シェークスピアか何か」と自信満々にいいかげんなところがキュートです。フローレンスには悪いけれど、どうやらクレイ家の男たちに問題があるような……。
「弟のアルフレッド」(Brother Alfred)★★★★☆
――僕らはヨットでモンテ・カルロに来ていた。昨夜いと高き皇太子殿下が何者かに襲われたと言って、探偵が乗り込んできた。どうやらジョージの仕業らしい。天才的なひらめきが訪れた。生き別れの双子の弟アルフレッドということにすればいい。
レジーの従者ヴァウルズが登場しますが、ジーヴスとは違い主人に忠実ではなく、腹黒さも隠そうともしません。ドジを機転(?)で切り抜けようとする人物なりきりのコメディがメインストーリーに思わせながら、探偵小説風のどんでん返しがいくつも仕掛けられていました。
「クラレンスのために全員集合」(Rallying Round Clarence)★★★☆☆
――むかし婚約していたエリザベスからゴルフに誘われた。亭主のクラレンスは芸術家であり、舅から結婚祝いに贈られた『ヴィーナス』の絵に我慢がならないらしい。そいつは何ともすごい代物だった。舅を傷つけないように、盗まれたことにしてほしいときたもんだ。
自分を振った元婚約者からの頼みを、何だかんだ言いながらきいてしまうレジー。のちに『ウースター家の掟』で見られるバーティーの男気がすでにあります。自称芸術家親子とそれにぞっこんで周りが見えなくなっている女性の組み合わせが、いかにもリアルです。
「隠された芸術」(Concealed Art)★★★☆☆
――アーチーは芸術家だった。ところが絵は一枚も売れたことがなく、雑誌に掲載しているヒット作漫画が収入源だった。それを婚約者のメイベルに打ち明けられずにいた。
またもや自称芸術家が登場しますが、アーチーには芸術の才能はなくとも笑いの才能があったようで、何よりです。
「テスト・ケース」(The Test Case)★★★☆☆
――僕はアンにプロポーズしたことがある。アンはリスクは犯したくないという。姉の夫ハロルドが最初の奥さんのことを忘れられない嫌な奴なんだそうだ。
これまで同様、友だちのために一肌脱ぐレジーですが、どこか抜けているのでたいていは失敗します。うまくいったとしても怪我の功名、結果オーライなところがあるのです。だから運が向いてないと、この作品のような大惨事になってしまいます。
「初期作品」
「ゲームキャプテンであることの諸問題」(Some Aspects of Game-Captaincy,1900)★★☆☆☆
――ゲームキャプテンにとって、世界とは三種類の人々の住まいするところである。熱心な選手、局所的無気力者、そして完全に絶望的な無気力者である。
ウッドハウス18歳の作品。作中で触れられている「スウィフトの筆」とはジョナサン・スウィフトでしょうか? 「奴婢訓」や「アイルランドにおける貧民の子女……」ぽいと言えばそうですが。
「未完のコレクション」(An Unfinished Collection,1902)★★★★☆
――ジョージはうまいことやっていた若いものかきだった。ところが、運の悪いことに、編集子の〈お断わりの手紙〉のコレクションを始めてしまった。
才能のあるおバカさんの話です。「お断わりの手紙」コレクションという発想からしてすでに可笑しくて仕方ありません。
「レジナルドの秘密の愉しみ」(The Secret Pleasures of Reginald,1915)★★☆☆☆
――土曜日の午後、僕はレジーにクラブで会った。僕が話しかけると、奴は顔をしかめた。「お前、ボドフィッシュを知ってるか?」「ああ、最悪な奴だ」「俺はボドフィッシュの家で週末を過ごしちゃいないんだ」「見ればわかる――」
最悪「ではない」ことを想像することで幸せを噛みしめる悲しいお話です。
「近視擁護論」(In Defense of Astigmatism,1916)★★★☆☆
――現代であっても、主人公にメガネをかけさせる勇気を持った作家は一人とてない。メガネはロマンティックでないという主張をしても無駄である。メガネがロマンティックでないということはない。
商業的な問題は現在にも通じるものがあります。
「ミュージカル・コメディー作家であることの苦悩」(The Agonies of Writing A Musical Comedy,1917)★★☆☆☆
――そのマネージャーがほしいのは、有名なコメディアンにぴったりの作品ということだった。一、二か月かけて完成した劇を持って行った。するとそこで、純情可憐な娘役を主役に書き直してほしいと言われるのだ。
これもいつの時代も変わらない悩みですね。こういうのを怒りではなくユーモアに乗せて書ける人に憧れます。
「マリナー氏ハリウッドシリーズ」
「漂流者たち」(The Castaways)★★★★☆
――甥のバルストロード・マリナーに起こったのは、まさに無人島に取り残された二人の男女のような出来事だった。メイベルと婚約したバルストロードは、ロサンゼルスに出稼ぎに行き、映画の脚本書きの契約を結ばされ、会社に缶詰めにされてしまった。個室のなかで書き続けなければならない孤独のなか、隣の個室の女性は魅力的に映った。
ウッドハウスのハリウッド体験が活かされているらしいです。ハリウッドの理不尽な職場環境を舞台に、ウッドハウスお得意の男女のドタバタが巻き起こります。ロサンゼルスの行方不明者の大半はシナリオ書きのためさらわれているだけだそうです(^^;。
「うなずき係」(The Nodder)★★★☆☆
――遠縁のウィルモット・マリナーはうなずき係だった。社会的にはイエスマンのそのまた下層に位置することから、メイベルにもふられてしまった。失意のウィルモットは、子役のジョニー・ビングレイ(40代の小人)と遭遇した。人気子役が実は大人であることがばれるのを恐れた重役たちは、ウィルモットの反応をさぐるが……。
冒頭でマリナー氏が言及していた子役のことがどう話にからんでくるのかと思っていたところ、このように〈ハリウッドの秘密〉という形で登場しました。それにしても「うなずき係」とは、ひどい職業もあったものです(^^;。
「モンキー・ビジネス」(Monkey Business)★★★☆☆
――そのゴリラは超大作映画の出演者だったのです。遠縁の従兄弟モントローズ・マリナーは、そのせいでロザリーを失うところでした。ロザリーはゴリラを怖がるモントローズに愛想を尽かし、探検家のキャプテン・フォスダイクと夕食に出かけてしまいました。
ハチを恐れない聞き手に、「じゃあそれがゴリラだったら?」とたずねるマリナー氏が、のっけから笑わせてくれます。
「運命」(Fate)★★★☆☆
――フレディーの奴が、女の子のスーツケースを持ってやったために、愛する女の子を失ったんだ。騎士道精神から出た行動だった。女の子がかわいかったら誤解されるのを恐れてためらったかもしれない。でもその子はかわいくなかった。そこでスーツケースを家まで運んでやったんだ。運び終わってひと息ついていると、ドアがばたんと音を立て、男たちが入ってきた。
エッグ氏たち、ビーン氏たち、クランペット氏たちもの。この作品中でもとりわけドタバタ色が強く、同じような場面を変奏することで面白味が生まれるところと併せて、型のある笑いが楽しい一篇です。
「ブラッドリー・コートの不快事」(Unpleasantness at Bludleigh Court)★★★☆☆
――姪のシャルロット・マリナーは、文芸サークル内で出会ったオーブリーが、芸術家の家系ではなく狩猟一家の出身だと知って驚愕しました。繊細なオーブリーには猛獣ハンターのフランシス叔父のことは我慢がなりませんでしたが、叔父の家には呪いがあり、射ちたくなってしまうのだそうです。
マリナー氏もの。文系の男女二人が嬉々として行動的な態度に出るのが可笑しくて仕方ありません。特に、オーブリーはともかく、シャルロットの行動は度を越しすぎていて、たがが外れた感じの笑いがたまりませんでした。広い意味でハンターと言えば言えなくもないのでしょうが。